372話
10月2日(月曜日)
雄太と春香の結婚式当日。
前日のレース終了後から宿泊していたホテルの広い部屋で、雄太と春香は目を覚ました。
「おはよう、雄太くん」
「春香、おはよう。体調はどうだ? 大丈夫か?」
「うん。結婚式だから緊張するかと思ってたけど、よく眠れたし絶好調って感じだよ」
「そっか、良かった」
結婚式当日と言うのもあり、少し気恥ずかしい気がする。そっと繋いだ手を握り合う。
「いよいよだね」
「待ち遠しかったなぁ〜。春香のウェディングドレス姿」
「えへへ。私も雄太くんのタキシード姿、楽しみにしてたよ」
雄太のタキシードは早目に決まったが、春香のウェディングドレスは子供の成長によってサイズが変わるだろうと、ギリギリになって決めた。
他の業者でもだったが、『競馬界の若手の星鷹羽雄太』と言う名前が、どんなCMより宣伝になると気合いが入っていた。
『宣伝費と思えば安いものです』
何度となく言われた言葉に雄太は苦笑いを浮かべる。
(まぁ……そうなるのかな?)
過度なサービスは遠慮しますとは言うが、どこまでがどうなのかは、雄太にも春香にも分からなかった。
春香のドレスやベールは華やかではあるが、派手にならない物を選んだ。テーブルフラワーや料理にいたるまで、二人の拘りが詰まっている。
『お世話になった皆への感謝を二人らしく伝えたい』
そんな思いのこめた式になるように工夫に工夫をこらした。
軽く朝食を済ませると、春香はシャワーを浴び、ヘアメイクの部屋へ移動した。
(良いお天気になって良かったな)
一人になった部屋で、雄太は外を眺めていた。青く澄んだ空が二人を祝福しているように感じる。
(調教師達も騎手仲間も、皆呑むからな。バスを用意してる所まで来てもらわなきゃなんなかったし)
結婚式に来てもらって飲酒運転で事故をされたくないと言う思いから、バスをチャーターし、雄太の実家近くの空き地と寮に待機させている。
馬主の人々は運転手がいたり、秘書に運転してもらうから不要と言ってもらえた。
(さてと、俺もそろそろ着替えの部屋に行かないとな)
雄太は深く息を吸い込むと部屋を出た。
着替えを終えた雄太は『花嫁控室』と書かれたドアの前で何度も何度も深呼吸をしている。
(ヤバいぐらいにドキドキしてるぞ……。落ち着け、俺)
ノックをすると、中から『どうぞ』と里美の声がした。そぉ〜っとドアを開けると、真っ白なウェディングドレスを着た春香が座っていた。
「雄太くん。雄太くん……? どうかしたの?」
ドアを閉めた位置で何も言わずに突っ立っている雄太に春香は声をかけた。
「お〜い、雄太。息してるか?」
「直樹と同じ反応するのね」
直樹と里美がおかしそうに笑う。その声で、一歩二歩と歩き出した雄太は春香の前に立った。
(ああ……。ウェディングドレスを着た春香だ……。綺麗だ……。試着の時より……綺麗だ……)
一日も早く春香と暮らしたいと結婚式をする前に入籍だけを済ませた。春のG1シーズンが終わった頃は予約がいっぱいで秋まで待たなくてはならなかった。
それでも良いと春香が笑ってくれた事が嬉しかった。
「春香……綺麗だよ。本当に天使みたいだ」
「ありがとう、雄太くん」
ふんわりとした長いベールが天使の翼のように見える。長いふわふわしたベールは、直樹のリクエストだった。
「キラキラのティアラじゃなくて生花の髪飾りと長いベールにして欲しいんだ。春は、ずっと羽ばたけなかったから、雄太との結婚式は春が羽ばたいて行くって感じにしてくれたら嬉しい」
最愛の娘を、まだ若い雄太に託してくれた。その気持ちを無下に出来る訳もなく、雄太は頷いたのだった。
「本当……綺麗だ……」
「もう〜。恥ずかしいんだってばぁ〜」
語彙力皆無になった雄太はレースの手袋をした春香の手を握り、何度も呟いている。
直樹も里美も微笑ましいと二人を見詰めていた。




