371話
9月15日(金曜日)
春香、二十三歳の誕生日。
調整ルームに入る前に、雄太は花屋に行った後、急いで自宅に戻った。
(当日にお祝いしたいのに、今日は金曜日なんだもんな。ゆっくり春香とイチャイチャ出来ない……)
車を停めて、家に入り、雄太は待っていた春香にピンクのバラの花束を差し出した。
「春香、誕生日おめでとう」
「ありがとう、雄太くん。綺麗……」
大きな花束とフワッと香るバラの香りに春香は満面の笑みを浮べた。
「これは俺の気持ちなんだ。だから、五十本にしたんだ」
五十本の意味は『恒久』。そして、ピンクのバラは『可愛い人』『愛の誓い』。
雄太の言葉に、春香の目に涙が浮かぶ。
「あり……がとう……」
「本当に春香は泣き虫だな」
そっと春香にキスをする。
(二十一歳の誕生日は祝えなかったけど、二十歳の春香から見てきて、今が一番好きだ。明日になったら、明日の春香が一番好きだ。突拍子もない事をしたり、ビックリするような事を言ったりするけど、そこも好きなんだ)
何より好きな笑顔も、カロリーを気にしながらも美味い飯を作ってくれる処も、疲れを取ってくれる小さな手も、全てが愛おしい。
「はい。これがプレゼントのリクエストのヤツな」
「うん。ありがとう」
散歩などに履いていたスニーカーの底がすり減ってきたので、春香は何が良いか訊ねられプレゼントのリクエストをしたのだ。
「これ履いて、また散歩するね」
「ああ。無理のない程度だぞ?」
「うん。目指せ安産〜だよ」
春香はスニーカーを取り出して、紐を通して足を入れる。
「サイズは大丈夫か?」
「ピッタリだよ。綺麗な青空の色だね」
「ああ。アメリカで見たのが、そんな青い空の色だったんだ」
「アメリカで?」
雄太がアメリカで春香を想い見上げた青空と似た色。それに加え足に負担がかからなくて、歩きやすい物を探した。
「距離は離れても、春香のいる栗東と空は繋がってるんだなって思ったんだ」
「私も思ってたよ。雄太くんに頑張っての気持ちが届くと良いなって」
「ああ。ありがとう、春香」
いつも無事と勝利を祈ってくれている春香。当たり前だと思われるかも知れないが、雄太にしてみれば嬉しく思っていた。
春香を抱き締めるとポコポコと伝わってきた胎動に、雄太はそっと手を当てる。
「あ〜。俺がいる時に産まれてくれないかなぁ〜」
「そうだねぇ〜。私もそうだったら嬉しいけど、今日みたいに調整ルーム入ったら無理だしね」
「そうなんだよな」
「でも、そうなったら雄太くんと撮ってもらった写真を持っていくからね」
「ああ」
理保が撮ってくれた写真の一枚はリビングに飾ってあり、雄太のミニアルバムにも入れてある。
雄太にとっても、春香にとっても御守りのような写真になっていた。
「誕生日なのに、ゆっくり出来ないのが残念だけど、そろそろ出かけるな」
「良いよ。当日にお祝いしてもらえただけで嬉しかったもん」
春香は、雄太の背に腕を回して、精一杯背伸びをしてキスをする。
「そう言ってもらえて嬉しいよ。じゃあ、日曜日に」
「いってらっしゃい」
雄太が出かけた後、春香は試し履きしたスニーカーを手に取って眺めていた。
(雄太くんがアメリカで見た空の色……。私も、アメリカの空を見たかったな。次は、雄太くんと見られたら良いなぁ〜)
ポコポコ
(あ、勿論あなたも一緒だよ? ん? 赤ちゃんって何ヶ月から飛行機乗れるんだろ? パスポートは……要るよね?)
そんな事を考えているとワクワクしてくる。
「よし、雄太くんのくれたスニーカー履いて散歩に行こうね」
準備をした春香は、足取りも軽く歩き出した。
「あら、こんにちは〜」
「おや、春香さん。散歩かい?」
「鷹羽の奥さん。赤ちゃんは順調かい?」
たくさんの人達が声をかけてくれる。
少しずつ、この街に馴染んで、受け入れられてきた気がして、春香は笑顔で答えながらゆっくりと散歩を楽しんだ。




