370話
トレセンから帰宅した雄太は、春香に紙袋を見せた。
「春香、リングピロー届いたぞ」
「え? うわぁ〜、嬉しいな」
鞍の製造業者が、鈴掛に新しい鞍のサンプルを届けるついでにと雄太を訪ねてきてくれたのだ。
「配送業者を信頼していない訳ではないのですが、万が一にも箱が潰れて破損したり、紛失してもと言う懸念もあったので……。鷹羽さんに、直接お渡し出来て良かったです」
「ありがとうございます。無理を言って申し訳ないです」
「いいえ。確かに初めての制作でしたが、鷹羽さんの結婚を彩らせていただけるなら、私共も嬉しく思います」
リングピローは指輪の交換をする時だけ使う、ほんの少しの間だけの物だが、春香は宝物として残しておくだろうと思ったので拘りたかったのだ。
春香が紙袋を覗くと中に箱があり、ピンクのリボンがかけてある。
「開けても……良い?」
「勿論」
春香は箱を取り出して、リボンを解き蓋を開けた。黒く滑らかで上品な艶がある革のリングピローに溜め息が出た。
「うわぁ……、綺麗……。これが、雄太くん達が使ってる鞍の革なんだね」
「そうだよ」
指輪を留める白いリボンと黒い革との対比が美しい。
目をキラキラと輝かせながらリングピローを眺めている春香を、雄太は見詰めていた。
(鞍に使ってる革より、レースとかのヒラヒラしたのが一般的みたいだし、女の子は喜びそうなんだけど、春香は違うんだなぁ〜)
リボンを手に取って、スルスルと滑らせて満面の笑みを浮かべている。
「本当にありがたいね。こんな素敵なのを作ってもらえて」
「春香が喜んでくれて、俺も嬉しいぞ」
「えへへ。ねぇ、これ使い終わったら、コレクションルームに飾りたいな」
春香が宝物にするだろうと思っていた雄太は思いっきり春香を抱き締めた。
「え? え? え?」
「春香ならそう言うと思ってた。俺もこれは良い記念になるし、飾るのは賛成だ」
「うん」
コレクションスペースは予定より大きくしてもらう事にしていた。
雄太のトロフィー等を飾る広い壁側は当初から予定していたが、春香がサインや写真を飾りたいと言う場所を増やした。
「雄太くんのトロフィーとかで、広い面が埋まったら、狭い面も使おうって思ってるんだぁ〜」
「広い壁一面が埋まるぐらいにトロフィーとか獲る前に、春香の分のスペースが埋まりそうじゃないか?」
「……かも知れない」
二人で相談しながら爆笑してしまったのだ。
「雄太くんのサインと写真と、このリングピローははずせないコレクションだなぁ〜」
「ハズレ馬券も飾るつもりか?」
「え……。あれは……どうしよう……?」
雄太にしてみたら負けた初戦の馬券であり、春香にしたら初めての購入馬券である。
「飾れば? 一生に一度の初騎乗のだしさ」
「うん。じゃあ、サインの横に飾るね。あ、当たり馬券も飾っておこうかな?」
「当たり馬券っ⁉ それって……いつの?」
「一枚は菊花賞のなの。他のG1のもあるよ」
ハズレ馬券を残しているのは分かるが、当たり馬券を残しているとは思っていなかった雄太は目を丸くした。
当たり馬券も春香は大切に残していた。払い戻しには期日があるが、手元からなくなるのが惜しくて残してあった。
「写真で残すって言うのも考えたんだけど、どうしても実物を残しておきたくて」
頬をほんのりとピンクに染めながら笑っている春香が笑う。
騎手である雄太は馬券を買う事が出来ないから記念にと思った春香は、サイン色紙を飾っている額の裏側にはさんでおいたのだ。
特にプロポーズの切っかけである菊花賞の当たり馬券は特別だと思っていた。
「ちなみにどう言う買い方をしてるんだ?」
「へ? 雄太くんの単勝だけだよ?」
「……いくら?」
雄太を見詰めていた春香の目が泳ぐ。
「怒らない?」
「うん」
「一万円……」
「一万……。菊花賞のオッズは……」
「8.5倍だったよ」
五万円じゃなくて良かったと思いながらも、当たり馬券さえ宝物にしている春香に笑いが止まらなくなった雄太だった。




