368話
翌日、目を覚ました雄太は、そこが自宅である事に安堵した。
(ああ……。春香がいる家に帰ってきてたんだ……。海外で、もっと乗りたいって思ってるのに、やっぱり春香の傍にいたいんだ。俺って、やっぱり我が儘だな。でも……やっぱり海外のレースで勝ちたい……。いつか必ず勝ってみせる)
体を起こしたタイミングで、春香が襖を開けた。
「あ、雄太くん。おはよう」
「おはよう。今、何時?」
「八時を少し過ぎたところだよ。起きる? もう少し寝る?」
「起きるよ。てか、また俺、マッサージ中に寝落ちてたんだな」
「うん」
春香は布団の傍に近付き座ると、雄太の手をギュッと握った。
「どうした?」
「えへへ。雄太くんがいてくれるのが嬉しいなって思って」
春香の言葉に、雄太もギュッと握り返した。
(やっぱり淋しかったんだろうな。それでも、アメリカに行って欲しいって言ってくれたんだ……)
ちゃんと淋しい時は言ってくれるようになったが、雄太の夢だと理解して笑って送り出してくれた。
(本当……良い妻だよ。最高の妻だ……)
「辰野調教師の所に行って報告をしてくるから、帰ってきたら昼飯食べに行かないか?」
「うん。あ、時差ボケは大丈夫なの?」
「大丈夫だよ。じゃあ、帰ってきたら出かけような?」
「うん」
コーヒーを飲んだ後、雄太はトレセンへ向かった。
海外での騎乗報告をし、週末の予定を確認した。
「初めての事ばかりで戸惑ったりする事も多かっただろう?」
「はい。でも行って良かったです。また行くんだって気にもなってます」
雄太の前向きな言葉に、辰野も安心したように笑った。
「そうか。雄太ならやれるって、儂も思っとる」
「はい。次のチャンスの為にも、一鞍一鞍を丁寧に大切にしていきます。明日から、またよろしくお願いします」
雄太が頭を下げると、辰野はポンポンと肩を叩いた。
(うむ……。海外でのレース経験が雄太を一回り大きくしたような気がするな。行かせて良かった)
自宅に戻ると、春香が昨夜書いたサインを眺めてニコニコと笑っていた。
「あ、おかえりなさい」
「ただいま。そんなに眺めてて飽きないか?」
「全然飽きないもん」
「春香は可愛いな」
子供っぽい笑みを浮かべながら色紙を眺めている春香にキスをする。
「それって子供っぽいって事?」
「大人可愛いってヤツだよ」
「なら良いけど〜」
「明日から、また忙しくなるぞ。騎乗依頼ももらってきたし」
「うん。秋のG1も楽しみだなぁ〜」
髪を撫でながら何度かキスをして腹に手を当てる。
「応援してくれよな?」
その言葉に分かったと言わんばかりに蹴り飛ばすようにポコッと答える振動。
「お、そうかそうか。頑張るからな」
「ちゃんと聞こえてるみたいだね」
「いっぱいサイン増やすからな。色紙を書い足さなきゃってぐらいに頑張るからな?」
「しばらく買い足さなくても大丈夫だよ?」
春香は雄太を見上げるとニッコリと笑った。
「え?」
「だって、色紙は箱買いしてあるから」
「箱……買い……?」
雄太は目を丸くしながら訊ねた。色紙が買ってあるのは分かっていたが、買い物ついでに数枚まとめて買ってあるものだと思っていたのだ。
「うん。あれ? 私、言ってなかったっけ?」
「聞いてないと思う……」
「雄太くんなら、どんどん勝ってくれるだろうなって思ってるから、まとめて箱で買っちゃえって思って」
雄太は思わず吹き出した。
「え? 私、何かおかしい事を言った?」
「そうじゃなくて」
思いっきり春香を抱き締める。
(俺のサインが欲しいって言うだけでも可愛くてたまんないのに、色紙を箱買いとか可愛過ぎだろ。マジ、コレクションルームにサイン並べまくれるように頑張らなきゃな)
「ありがとうな。よし、色紙をまた箱買いしなきゃなんないぐらいに頑張るからな?」
「うん。楽しみにしてるね」
週末の騎乗に向けて、気合いを入れる雄太だった。




