363話
「まぁ、名前は良いとしてぇ〜」
「良いなら言わないでくださいよぉ……」
雄太のツッコミはサラリと流される。
「マジで、子供が騎手になりたいって言ったらどうすんだぁ〜?」
「春さんは、なりたいならOKって言ってたんじゃなかったっすか?」
「産まれてきた子が女の子だったならって事だよぉ〜」
「女の子……っすか……」
二人の会話を聞きながら、子供が騎手になったらを雄太は想像してみた。
雄太がデビューした時、慎一郎は現役を退き調教師になっていた為、同じレースに出る事はなかった。
(俺、子供が騎手になる頃は現役なのかな……? 調教師になってたり……はイメージ出来ないな。俺が調教師に向いてんのかも分かんないしな……)
慎一郎は比較的長く現役を続けていた方だった。勝鞍を多く上げていたから、引退を惜しむ声が多かったからだ。
『惜しまれて引退する方が良い』
慎一郎が酔うと、よくそう言っていた。それが、慎一郎の美学なのだろうと、雄太は思っている。
「俺的には、春香さんは騎手の才能あるって感じたからさぁ〜。雄太の才能と春香さんの才能を受け継いだ女性騎手ってのもいけんじゃないかって思ってんだよなぁ〜」
「あ〜。梅野さんは、春さんの騎乗……じゃなくて初めての乗馬を見てたんすよね」
「そうそう〜。才能の全部が遺伝するとは思わないけどさぁ〜。可能性は高いだろぉ〜?」
小野寺も春香をスカウトしたくなると言っていたから、やはり才能はあるのだろう。
「そう……ですね。俺、女の子の騎手って考えた事がなかったです。春香に騎手の才能はあるかなとは思ってましたけど……」
「そりゃそうだろうよぉ〜。実際に女性騎手はいない訳だしなぁ〜。雄太と春香さんの子供が、G1獲れる女性騎手になったら凄くないかぁ〜?」
「女の子のG1騎手……」
過去、騎手免許を取得出来た女性がいた事は競馬の歴史で学んだ。だが、雄太達がいる現在の競馬界に女性騎手はいない。
ましてや、自分の子供がG1を獲れる女性騎手になるだなんて、想像を超えている。
「もし……もし、俺の子供がG1を獲れる女性騎手になるとしたら、それって凄い事だよな」
「凄いなんてモンじゃないだろ? 男でも、一回もG1獲れないどころか出場すら出来ずに引退する騎手だっているんだからさ」
真剣に我が子が女性騎手になると言う事を考えてみるとワクワクしてくる。
春香に似た我が子がG1で一着を獲り、誇らしげにウィニングランをする姿を見たいと思ってしまう。
(いやいや……。男でもG1を獲るのは難しいんだぞ? ……けど、子供に夢を見るのって悪い事じゃないよな?)
自分がG1を獲った時を思い出す。
心の底から湧き出すような喜びと快感。空気を揺らすような大歓声と拍手。
(まぁ、女の子が産まれて、騎手になりたいって思ったら……の話だよな。俺も春香も、親のエゴのレールを敷くつもりはないんたから)
「雄太の娘が騎手になったら、純也はレース中とか、ずっと尻見てそうだよなぁ〜」
「えっ⁉」
雄太が我が子の未来を思い描いていると、梅野の言葉に現実に引き戻された。
「あ〜」
「あ〜じゃねぇっ‼ ソルっ‼ うちの子がデビューする前に引退しろよっ⁉」
「えぇ〜? えっと……雄太ん家の子がデビューすんのって18年後だろ? 産まれるのが俺の誕生日の後だとして……そん時、俺は三十九歳か。良いなぁ〜」
そう言って、純也はニマニマと笑う。
「三十九歳のおっさんが、十八歳の女の子の尻をガン見とかヤベェなぁ〜」
「梅野さんが振った話っすよっ⁉」
「そだっけぇ〜?」
雄太の握り締めた拳がフルフルと震える。
「うちの子がデビューする前にっ‼ ソルは引退しろっ‼ 梅野さんも引退ですからねっ‼」
「分かったぁ〜。じゃあ、俺は引退して調教師になって、雄太の娘とイチャラブして結婚するなぁ〜」
「断固っ‼ お断りですっ‼」
調整ルームでも、宿舎でも、雄太の部屋はいつも騒がしいと評判なのは仕方ない話である。




