361話
二週間後、雄太は一度滋賀に戻った。
「おかえりなさい、雄太くん」
「ただいま」
草津駅まで迎えに来てくれた春香は、満面の笑みを浮かべていた。
素早く車に乗り込み、ギュッと手を握る。
「あ〜、癒される〜。会いたかった」
「私も。帰ってマッサージしようね」
「ああ。春香のマッサージだぁ〜」
雄太の嬉しそうな顔を見るだけで、春香の心は温かくなる。騎手の妻となったからには、遠征は当たり前と思ってはいても、やはり会いたいと思ってしまっていた。
自宅に戻り、玄関に入ると雄太はギュッと抱き締めた。
「春香……」
「雄太くん……」
春香は雄太の背に腕を回し、胸に顔を埋めた。
春香が、一生懸命我慢をしているのを、雄太は誰より分かっている。
(淋しい思いさせてるのは分かっている……。けど、春香は俺の仕事を理解してくれて、遠征に行ったり、金曜日からは会えないと分かってても、一緒にいたいって思ってくれたんだ。本当にありがたい)
風呂に入った後、ゆっくりマッサージをしてもらう。雄太の至福の時だ。
「腕と肩甲骨の所と腰にコリがあるね」
「そうなんだよ。帰ってこれて良かった」
「うん。腰に疲れが溜まるのは仕事柄仕方ないもんね」
「ああ」
優しく癒してくれる小さな手がクイックイッと的確にこっている部分をほぐしていく。
(あ〜。マジ気持ち良い……)
二週間、春香のマッサージを受けられていないから溜まった疲れと移動の疲れもあった雄太は、力強いがとろけるようなマッサージと春香に会えた安心感から、いつの間にか眠っていた。
「ん……。あれ……? あ……帰って来てたんだ」
ゆっくりと目を開けた雄太は、自宅だと気付き、隣を見た。少し離して敷いてある布団の中に、既に春香の姿はなかった。
(あ……味噌汁の匂い)
フワッと香ってくる味噌の良い香りが急速に頭を覚醒させる。グッと体を伸ばすと、二週間分の疲れがどこかへいっているのを感じた。
「春香、おはよう」
「あ、雄太くん。おはよう。よく眠れた?」
襖を開けると水色のエプロンをした春香が笑いながら振り返る。
「ああ。良い匂いだな」
「雄太くんの好きな豚汁にしたよ。だし巻き卵もバッチリ」
「やったぁ〜。顔洗ってくるよ」
「うん」
朝ご飯らしい食卓に雄太はホッとする。斤量の関係で、週の後半は食事を控え目にする事が多いからだ。
「この明太子美味いな」
「うん。それなりに辛いのにそれに負けない美味しさがくるね」
「飯が進むヤバいヤツだぞ」
「月曜日と火曜日にしか食べちゃ駄目な明太子だね」
二人でゆったりと朝食を食べる時間が幸せだと雄太と春香も思っていた。
二週間ぶりだから、余計にそう思うのかも知れない。
「小倉に戻るのは飛行機だよね?」
「ああ。伊丹から福岡だな」
「空港まで送って行きたいんだけど、駄目かな?」
「伊丹まで? 体に負担かからないか?」
「大丈夫だよ。安定期入ってるんだし」
雄太は少し考えた。伊丹空港までは高速を使って一時間と少し。その時間も一緒にいたいと思った春香の気持ちをくんだ。
「ドライブデートだな」
「うん」
デートと言う言葉に春香の顔がパァッと輝く。何かと急がしくなり、デートらしいデートが出来なかったからだろう。
(嬉しそうな顔するんだよな。この笑顔が大好きだ。空港まで送って行くってのだけじゃなく、本当にデートしたいんだけどな……)
石山寺には行った。でも、理保も一緒だったし、デートと言えないなと思っていた。
「ちゃんとデートしたいって思ってるんだ」
「本当? 嬉しいな」
「パフェ食べたり、景色の良い所に行ったりしたいよな」
「うん。楽しみにしてるね」
慎一郎はしてくれなかったが、雄太は父親になったら家族サービスをしたいと考えていた。
(家族サービスって言葉は好きじゃないけど、春香と子供を連れて遊びに行きたいんだ)
そんな事を考えながら、ゆっくり朝食を食べる雄太だった。




