357話
雄太は、パート女性からもらったビニール袋に野菜を入れて、桃を両手に自宅に向かって歩いていた。
今頃、自宅では春香が夕飯は何にしようかとレシピ本やプリントアウトしたレシピ集を見ているだろう。
(この大きな桃を見たらめちゃくちゃ喜ぶよな)
春香の嬉しそうな顔を想像するだけで顔が緩む。
(あ、開けられない……)
雄太が、どうやって門扉を開けようかと悩んでいたら、駐車場の方から春香が顔を出した。
「雄太くん、おかえりなさい」
「ただいま。良かった」
「ん? あ、桃だぁ〜」
春香は門扉を開け、ドアも開けた。雄太は桃を春香に持たせた。
「良い匂い〜」
「桃を潰さないようにするにはって悩んでたんだ。大声出すのもどうかと思ったしさ」
「うん。ポストに入ってたチラシとかまとめてたの」
雄太はビニール袋の中を春香に見せる。
「胡瓜にトマトだぁ〜。アスパラガスもある〜。マッサージしてないのに、皆さん差し入れしてくださって……。嬉しいな」
「そうだな。本当に新鮮な採れたて野菜ってありがたいな」
「うん。この桃、赤くなってて手で皮がむけそう。デザートに食べられるように冷やしておくね」
「ああ」
雄太が風呂に入り、春香はもらったトマトや胡瓜でサラダを作り、夕飯の一品に追加した。
「甘いね〜。美味しい」
「これって手間かかってるよなぁ〜。桃の育て方なんてよく分かんないけどさ」
「だよね。マッサージが復活したら、また一生懸命頑張らなきゃ」
春香が頑張れば、また差し入れが増えるんだろうなと思い、雄太は笑った。
「あ、一つ訊こうと思ってた事があるんだけど」
「なぁに?」
「コレクションルームの事だよ。家を建てるって決めた時に、一番最初に『コレクションルーム造りたい』って言ったろ?」
「うん。新居に一番造りたい場所って思ってたから」
そう言って、春香はフォークに刺した桃をパクっと口に入れた。
(本当、嬉しそうな顔しちゃって)
「コレクションルーム、いつから欲しいって思ってたんだ?」
訊ねた瞬間、春香の顔がほんのりと赤くなった。ゴクリと桃を飲み込んで、上目使いに雄太を見上げた。
「……笑わない……?」
「え? 笑わないよ」
「雄太くんとお付き合いするようになってしばらくしてから……」
「そんなに早くから?」
「うん。将来、雄太くんと住むようになったら、もらったサインとか、雄太くんの獲ったトロフィーとか飾る部屋が欲しいなって思ってたの」
その頃、まだ雄太はトロフィーなども多くなかった。それなのに、飾る部屋が欲しいと思ってくれていた事が嬉しくなる。
「今の春香の部屋があんなになってるからコレクションルームは必要だな」
「えへへ」
今は二階には行かないようにしているので、雄太が書いたサインは一階に飾ってある。写真やポスターなどはそのままにしてあるが、春香のお気に入りの写真はリビングと今の寝室に置いてある。
トロフィーや楯などは、鷹羽家の雄太が使っていた部屋に置かせてもらっていた。一階を寝室にすると決めた時、押し入れに布団をしまわないといけなくなり、保管しておく場所がなくなったからだ。
「新居が完成したら、コレクションルームにトロフィーと一緒にサインも飾るつもり?」
「勿論だよ〜。トロフィーとか増えて飾る場所がなくなってきたらG1の時のだけにするかもだけど、一番最初にもらったサインは飾るの」
春香にとって、初めてもらったサインは特別のようだ。
雄太にしても、初勝利のサインと言うのもあるし、あの日は春香に好きと伝えた日でもあるので特別なサインだった。
(自分の家を持ってこそ一人前って言われるけど、春香は十代で自分の家を持ったんだから凄いんだよな)
チラリと、桃を食べ終わって余韻を味わっている春香を見る。
見た目が幼く、差し入れの野菜を喜ぶ春香だが、今でも雄太の貯金額は春香を超えられていない。
(本当、尊敬出来る可愛い妻だよ)
雄太は、甘い桃の香りがする春香を抱き締めた。




