356話
祝勝会も無事に終了し、中京開催が終わり、雄太は小倉での騎乗依頼が来ていた。まだ安定期に入っていない春香を残し、小倉滞在をするかどうか悩んでいた。
(どうしよう……。また東雲に帰っててもらおうか……。子供が出来てなかったら、一緒に小倉に行くってのもありだけど……)
スタンドでコーヒーでも飲むかと思っていると遠くから呼ぶ声がした。
「雄太ぁ〜」
「ん? あ、ソ……え? ええ〜っ⁉」
遠くでも、はっきりと分かる。赤みの強い茶髪から、真っ赤な髪になっていたのだ。
調教に出ている時はヘルメットで見えなかったから、雄太は固まった。
純也は、猛ダッシュで走って来て、息も乱さずにニッと笑う。
「調教終わった? コーヒー飲もうぜ」
「あ……あのさ、その髪どうしたんだよ……? 昨日までと全く違うじゃないか……」
「ああ。昨日、調教が終わってから染めて来た」
「調教師に怒られなかったか……?」
並んで歩きながら雄太は訊ねた。梅野の金髪も、最初は所属厩舎の調教師に怒鳴られたと言っていた。
「ちゃんと調教師に言ってから染めたから大丈夫だぞ。今朝会った時、何も言われなかったしさ」
「それなら良いけど……」
二人共、アイスコーヒーを手にして長椅子に座る。
駄弁ってる間にも調教師から声がかかり、騎乗依頼の予定が埋まっていく。
「すんません。俺、先に函館でもらってるんで。またお願いします」
純也もG1に出場し好走した事で騎乗依頼がグンッと増えた。
(ソルは函館か……。春香が来てくれた時の事を思い出すな)
春香に会いたくてたまらなくなっていた時に、同じく雄太に会いたくなった春香が函館まで内緒でレースを見に来た。
(あの頃は、一緒に旅行とか出来ないって思ってたから、数時間だけでも函館で一緒に居られただけで嬉しかったんだよな)
「そう言えば、アメリカの話はどうなった?」
「ああ。俺が乗る馬が放牧中なんだってさ。もうちょいしたら帰厩するみたいで、乗れそうなレースが決まったら連絡来るんだ」
本当なら春香と行くつもりだった海外騎乗だが、妊娠中だから春香は留守番だ。
「春さん、一緒に行きたかっただろうけど、今は子供第一だよな」
「ああ。けど、まだまだこれから海外の騎乗依頼もらえるように頑張るさ」
「雄太なら出来るって、俺も思ってるぜ」
「サンキュ」
純也がグッと親指を立てる。
「でさ、アメリカ土産って何があるんだ?」
「へ? 土産? 何だろな?」
「温泉饅頭みたいなのあんのかな?」
「何で、アメリカで饅頭なんだよ」
「さすがにないか」
二人でゲラゲラ笑っていると、春香のマッサージを受けていた人達から差し入れをされる。
「雄太ちゃん。これ、朝採って来たんだ」
「おぉ〜。大きな桃ですね。春香喜びますよ。大好物なんで」
既に、ヘルメットの中にはトマトや胡瓜も入っている。
「そうだ。春さんが買った物を受け取らないって言った時さ、皆がG1騎手に野菜とか差し入れしても良いのか? って悩んでたの知ってるか?」
「知ってる。俺、直接訊かれたし。せっかく無料にしてるのに買った物もらうのって嫌だって春香が譲らなかったからな」
純也は、ググッと伸びをする。
「あ〜あ、春さんみたいな女の子居ないかなぁ〜」
「あれ? 何か良い感じの子がどうとか言ってなかったか?」
「聞いてくれよぉ〜。最初はスゲェ良い子だって思ったんだ。でもさ、飯に行く場所がレベルアップしていくんだよ」
雄太達もそうだったから、別におかしくは思わず、とりあえず頷いた。
「でな、二万とかのコース行きたいとか言うから連れてったら、礼も言わねぇで、次は三万のコース行きたいって言いやがんの」
「マジかよ? それって、ソルがどれだけ惚れてるか試してんだろ?」
「それも嫌だしさ、礼も言わねぇ非常識なのも嫌なんだよな。金目当てが透けて見えた気がして、もう連絡もしてねぇ」
「そっかぁ……」
溜め息を吐いた純也の肩をポンポンと叩いて慰める雄太だった。




