350話
土地の購入が決まった後、雄太達は要望を訊かれた時の為に自宅で話し合っていた。
実際、どこまで聞いてもらえるかドキドキしながら設計事務所で話した。
「夫の部屋は、こちら側で地下室にしたいんです」
「地下室ですか?」
「はい。子供が庭で走り回ったりしても、夫が気にせず眠れるように」
「それはそうですけど奥様。地下室だと一坪が……」
雄太の事となると春香が前のめりになるのは相変わらずのようだ。
「すみません。妻の要望が建築的に無理なら言ってください。費用の面は、いくらかかっても大丈夫です」
「あ……はい」
雄太は何歳も上であろう人が、つい敬語で話してしまうようなキリッとした顔をして話す。
「一階のリビングは……」
「二階は、将来子供部屋にするので……」
「あ、私の部屋は一階のここで……」
「リビングの外には、広めのウッドデッキが……」
「夜も洗濯物を干したいので、サンルームを……」
「各部屋にウォークインクローゼットで……」
次々と要望を出し、無理な物は無理で譲歩して決めていく。
「コレクションルームは壁一面でお願いします。硝子だと割れるかも知れないので透明のアクリル板が良いと思っているんです」
「そうですね。鷹羽騎手は、これからも勝っていかれるので、トロフィー等を飾るには広い方が良いですね」
雄太の将来を良く思ってもらえて、春香は嬉しくなる。
「はい。足りなくなったら増築しても良いって思ってます」
満面の笑みを浮かべる春香に皆がつられて笑う。
「鷹羽さんのご要望は?」
「俺は、足を伸ばして入れる広い風呂が欲しいですね。子供と一緒に入っても余裕があるのが良いです」
さすがに人前で『春香と一緒に風呂に入りたい』とは言えずに、子供と誤魔化した。
実際、子供と入って遊びたい気持ちもあるので、広い風呂は雄太の最大の要望だ。
「後、駐車場から玄関まで屋根が欲しいですね。雨が降っても濡れずに歩けるぐらいの大きめの屋根が」
「駐車場から直接屋内に入るのは駄目なんですか? 勝手口のような」
「俺、基本面倒くさがりなんで、ドア付けちゃうと、そこが俺専用玄関になりそうで」
そのセリフを聞いて春香が俯いてクスクスと笑う。
「意外ですね。鷹羽さん、几帳面そうって思ってたんですが……」
「競馬関係だと大丈夫なんですけど、基本面倒くさがりです。家だと妻がやってくれるので甘えちゃってますね」
雄太は苦笑いを浮べた。
ササッと描いてもらった図面を見て二人は頷いた。
「では、こんな感じで設計図を作成させていただきます。完成したらご自宅にお持ちしますね」
「よろしくお願いします」
雄太達は深々と頭を下げる。
帰り際に壁紙などのサンプル帳を手渡された。
「お時間のある時にでも見てください。くれぐれも、お体に障らないようにしてくださいね」
「ありがとうございます。時間はありますので、ゆっくり拝見させていただきます」
自宅に戻った二人は、ゆっくりとくつろぎながら、サンプル帳を見ていく。
「壁紙も色々あるんだな。春香のマンションってナチュラル系って言うか、木を多く使ってたよな」
「うん。木って何か落ち着くって思って」
「木の壁にしたら、どれぐらいかかるかな?」
春香が目を丸くしながら雄太を見詰めた。
「家の壁を全部?」
「さすがに全部はヤバい?」
「雄太くんが良いって言うなら、そうしようか? あ、私ねクローゼットの中は桐が良いな。桐ってね、湿度調整してくれて、虫除けの効果もあるの」
「そう言えば母さんが桐のタンス使ってたな」
理保の着物などがしまってあったと思い出した。
「雄太くんのスーツも虫食いとか心配だしね」
「春香の着物もな」
「じゃあ、クローゼットの素材は桐に決定だね」
表表紙に『夢の新居』と書いてあるノートに雄太は書き込んだ。
家を建てると決めた時に、自分達の希望を書いていたノート。
「『ウォークインクローゼットの中は桐』……と」
一つずつ書いていくだけで、ワクワクが止まらない二人だった。




