347話
土地の購入の連絡をしてもらい、設計事務所なども紹介を受けた。
細かい話は後日と言う事になり、雄太達は買い物に出かけた。
「春香さん、本当にしっかり貯金していたのね」
「派手な格好をしている訳でもなかったし、雄太に何かしらねだってる話も聞いてなかったしな」
「マッサージのお礼の野菜とか抱えて二人で帰っているのは聞いてたのよ。笑い者にされているのかと思ったら微笑ましいって評判だったのよね」
慎一郎だけでなく、理保の耳にも届いていた二人の噂話。いつの間にか、春香を好ましく思ってくれている人が増えて安心していた。
「普通なら貧乏臭いと言われかねん話だと思ってたんだがな。杞憂だったようだ。そもそも無料のマッサージに対しての礼だったんだしな」
「雄太も白菜をもらって鍋が良いとか言いながら楽しそうに歩いてたそうよ。私達の育て方は雄太に引き継がれたようですね」
慎一郎も理保も派手な生活は好んではいない。それなりの生活が出来て、病気や怪我をした時に貯金で食べていけるようにと考えていた事を、これから父になる雄太が口にしてくれて嬉しかった。
「しかし、孫に金を使うのを制限されてしまったな」
「ふふふ。何かあったら助けてあげれば良いじゃありませんか」
「確かにな。騎手としてこの先何もないとは誰にも言えんからな」
幸いな事に、引退を迫られるような大きな怪我をせずに慎一郎は現役を退いた。
引退せざるを得なかった騎手を何人も見てきたからこそ、後の生活の為に貯金をしておくべきだと思っている。
「何にせよ、二人が自分達の家を建てて、子供と幸せに暮らそうとしているんだ。こんなに嬉しい事はないな」
「そうですね」
年末年始辺りに孫の顔が見られると思うと慎一郎も理保も楽しみで仕方がなかった。
買い物に行く前に、昼食を食べようと思い、雄太は春香を見た。
「今日は、まだ吐きそうになってないよな?」
「うん」
「じゃあ、春香が行きたいって言ってたイタリアン行くか?」
「わぁ〜い。カルボナーラ食べたいなぁ〜」
この先、悪阻が重くなって食事がしっかり取れなくなるかも知れないと思うと、今の内に好きな物を食べておいて欲しいと雄太は思った。
美味しそうにパスタを食べる春香を見ているだけで幸せな気分になる。
「実家の布団を借りられて買わなくて良くなったし、後は食材だな」
「うん。安定期に入るまで、まとめ買いはやめるよ」
「俺が一緒に行ける時が少ないのがなぁ……」
調教などの仕事が終わった後に取材などがあり、当初より帰宅が遅くなっているのが実情だ。
「毎日は無理だと思うけど、買い物の頻度を上げて、荷物が重くならないようにしないと駄目かな?」
「けど、たびたび買い物に行くのって体の負担になるしなぁ……。少し取材とか減らすよ」
「良いの? 騎手のお仕事に影響出たりしない?」
春香は不安になる。自分の妊娠が雄太の仕事の足枷になって欲しくはないのだ。
「大丈夫だよ。妻の春香の体の方が大事だからな?」
「雄太くんが大丈夫って言ってくれるなら、安定期に入るまで甘えさせてもらうね」
素直に甘えてもらえる事が雄太は嬉しかった。
「任せろ。数ヶ月ぐらい取材の仕事を控えた分、レースの賞金で稼いでやるから」
「雄太くん格好良い。頼もしいな」
春香が笑うと、やはり雄太は嬉しくなる。
「俺は父親になるんだからな。家庭も大事にしないと」
「うん。パパだもんね」
「あ、そう言えば性別って教えてもらえるんだっけ?」
「うん。雄太くんは訊きたい?」
雄太は、少し上を向いて考えた。
「産まれてからのお楽しみってのも、あるだろうけど、名前とか服とか考えると教えてもらった方が良い気もするんだよな」
「私も、そう思ってるんだぁ〜。男の子だったら青系の服とか、女の子だったらピンク系とか買いたいしね」
「そうだな。何か色々楽しみだな。よし。買い物のついでに本屋で名付けの本を買おう」
「うん」
翌日から、今までにないぐらい本を読んでいく雄太だった。




