345話
二人は自宅に入り、ホッと息を吐いた。
「春香、とりあえず座って」
「え? あ、うん」
「洗濯してくるから、ちょっと待ってて。春香のは?」
「私のは大丈夫。東雲で洗ってきたし」
「了解」
雄太は洗濯機に調整ルームに持っていった衣類を入れてスイッチを押す。
(子供が出来た……。こんなに嬉しいなんて……俺……)
洗濯機の隣にある、洗面台の鏡を見た。ニヤけている自分の顔が映っている。
11月に結婚してからしばらくは避妊をしようと話していた。2月に入り子供は『いつが良いか』と話し合った。
「俺は、いつでも良いんだ。春香の都合は?」
「私も雄太くんと同じだよ。仕事してる訳じゃないし」
お互いの意見が一致し、避妊をしない事にしたのだ。
その内、子供が出来るだろうと思ってはいた。しかし、実際春香からの妊娠報告がここまで嬉しいとは思ってもいなかった。
(父親としての自覚もしなきゃな。今まで以上に春香を大事にしなきゃ)
リビングに戻ると、春香は雄太に言われた通りソファーに座っていた。
「あ……本読んでたのか」
「うん。知らない事が多いから、ちゃんと勉強しなきゃって思って。あ、コーヒー淹れるね」
「動いても大丈夫なのか?」
「大丈夫だよ」
春香はコーヒーを淹れに立ち、雄太は春香の読んでいた本を見る。
気を付けなければいけない事や妊娠の経過が事細やかに書いてあった。
(へぇ……。成る程なぁ……)
「はい。どうぞ」
「ありがとう」
コトンとカップが置かれ、良い香りがする。春香の分はホットミルクだった。
「あ……。そう言えば結婚式は大丈夫なのかな?」
「10月には安定期に入ってるから大丈夫じゃないかな? ドレスは、妊婦さん用を選ばなきゃならないとは思うけど。一応、ホテルに確認取るね」
「そうだな」
ゆっくりと1ページずつ読み進めていく。
「あ、そうだ。春香は階段禁止な?」
「え? そしたら寝室に行けないんだけど……?」
「もし、踏み外したりしたら危ないだろ? 春香の着替えとか下ろしてくるから」
「でも……ベッドは二階で……」
一階にも部屋はある。だから、そこを春香の部屋にする事は出来る。
「日曜日も一人で一階で寝るの……?」
「ん〜。一緒に寝たら、俺が蹴飛ばしたりしないか?」
「疲れてる時は、たまにそう言う事もあるけど……」
淋しいのと、お腹の子供の大切さを比べたら、別々に寝る事を優先すべきではあると思う。
「じゃあ、布団離して寝ようか? 俺も一人でってのは淋しいしさ」
「うん」
「てか、ベッド使うって決めてたし、敷き布団がないんだよな……。仕方ない。今日はベッドのマットレスを持ってきて、それで寝よう。布団は明日買いに行くって事で」
いずれ家を建てると決めていたので、荷物は極力増やさずにいるつもりだった。
「後要る物はなんだろ? 春香は何かある?」
「そうだね……。私、普段スニーカーだし、履物は今のままで良いよね」
「マタニティドレス……は、まだ早いよなぁ〜」
「お腹が出る頃は秋になってるし、その頃に買いに行こうね」
色々考えていると楽しくなってきた。
「きっと、父さんと母さん大喜びだろうな」
「あは。お父さんとお母さんも舞い上がってたんだよ」
「若い爺ちゃんと婆ちゃんだな」
「ふふふ」
病院に連れていってくれた里美も、報告をした直樹も目をウルウルさせていた。
雄太が居ない間に何かあっても困るし、悪阻で動けなくなっても大変だと、直樹が言って東雲に泊まる事にした。一度、着替えを取りに自宅に戻った春香も、ドキドキが止まらなかった。
久し振りに春香は直樹の家で夕飯を作った。夕飯時もお腹の子供の話だった。
「春香が母親になるのね。私、お婆ちゃんだわ」
「俺は春に似た女の子が良いな」
「あら? 春香がお嫁にいくのでさえ抵抗したじゃない。孫がお嫁にいく時、直樹はどうなるのかしら」
「えっ⁉ 俺、号泣する自信あるぞ……」
里美に言われた時の直樹は、春香でさえ爆笑してしまう程だった。




