338話
雄太が待ち合わせ場所に着くと、車の停車音に気付き春香がクルリと振り返った。
(え? 花束?)
どう言う訳か、春香は大きめの花束を抱えていた。
「お待たせ」
雄太が窓を開けて声をかけると、春香は小走りで車に近付き、素早く助手席に乗り込んだ。
「その花束どうしたんだ?」
「えへへ。雄太くん、優勝おめでとう」
「え? 俺に?」
「うん」
雄太は春香が差し出した花束を受け取った。
「ありがとう。これ、カサブランカだよな?」
付き合う前に春香が贈ってくれた祝福と言う花言葉を持つカサブランカを雄太は覚えていたようだ。
「うん。ついこの前G1獲れたのに、もう一つトロフィーが増えるんだって思ったら嬉しくなっちゃって」
「春香……」
カサブランカの花言葉は祝福だからと言う事で、雄太に贈りたかったのだ。
通りすがりの人に花屋はないかと訊ねて教えてもらい買いに走った。
(まだ営業してるよね? お休みだったらどうしよう)
何とか花屋にたどり着き、花を選んで春らしいピンクのリボンとラッピングを頼んだ。
天皇賞を獲れた喜びと最愛の女性が喜んでくれたと言う感動で想いが溢れた。
花束をフロントガラス側にかざすようにして外からの視線をガードすると、雄太は春香にキスをする。
「ありがとう……、ありがとうな。今日も見にきてくれて嬉しかった」
「うん。雄太くんが格好良い処を見られて本当に嬉しかったよ。無事帰ってきてくれてありがとう」
今回、恋人として見てきたレースと妻となって見るレースは少し違って見えている事に気付いた。結婚を認めてくれて、祝福してくれた人達へ恩返しになるような気がしたのだ。
雄太はどうなんだろうと思った。同じ気持ちだったら嬉しいなと思いもあって、花を贈りたくなったのだ。
「あ、そうだ。今日もリボン振ってくれてただろ? ちゃんと見えてたぞ」
「うん。雄太くんが見えてたって言ってくれたから思いっきり振ってたよ」
多くの男性の中では背の低い春香の姿は見えないが、馬場を吹き抜ける風で青いリボンがヒラヒラとなびいていた。
たまに上下するのは、精一杯ジャンプしているんだろうなと思うと愛しさで胸が熱くなる。
(本当、たまんなく可愛い……)
「周りにいたおじさん達も、雄太くんの騎乗褒めてたよ。凄い腕だって」
「そっか。でも、俺は春香に褒めてもらえるのが一番嬉しいぞ」
そう言って目を閉じた。春香は雄太の手を握りながら、祝福のキスを贈る。
「よし。今日は肉を食べて帰ろうか」
「え? エッチな意味があったりする?」
「あるぞ? 今日も新しいネグリジェでお祝いしてくれるんだろ?」
「あは」
春香の頬がピンクに染まる。
「今日のは、どんなのなんだ?」
「内緒」
「帰ってからのお楽しみだな」
雄太は市内へと車を走らせた。
神戸牛のステーキを堪能し、二人だけの祝勝会を終えた二人は自宅へと向かった。
風呂に入り、その後冷たい飲み物を飲みながら、ソファーでくつろぐ。
「祝勝会どうしようか……?」
「立て続けだと、来てくださる方も大変だったりするのかな?」
正直、贅沢な悩みではある。
生涯、G1を獲れずに引退をする騎手も少なくないからだ。
「前回が17日だったしなぁ……。また二週間後って、連続って感じなんだよな。けど、しないってのもなんだし……」
「雄太くんはG1全部獲るつもりでしょ? 来てくださる方に『またか』って言われるのって良い事じゃない?」
『世界に通用する日本一の騎手になる』
雄太の夢であり、春香に誓った事を実現していくならば、祝勝会が毎週になる事もあるかも知れない。
「まぁ、初めて獲ったって事でやるか。二回目はグレード落とすかもだけどさ」
「そうだね。じゃあ、前と同じ所でする?」
「とりあえず問い合わせするか」
「うん」
二週間後、またもや開催されたG1祝勝会にも多くの人々が祝福に訪れてくれ、盛大でなごやかな内に終了した。




