337話
4月28日(金曜日)
「天皇賞って春は3200メートルでしょ? 凄く長いし、馬も騎手も大変だなって思うけど、見てる側はドキドキワクワクするんだよね」
「長距離だからこその駆引きとかも楽しんでくれたら良いよ」
「うん。雄太くん怪我しないで頑張ってね。応援してるから」
「ああ。春香のマッサージ受けてバッチリだしな。任せとけ」
春香は雄太に激励のキスを贈る。雄太は思いっきり抱き締めた。
「気を付けて来てくれよな?」
「うん。いってらっしゃい」
4月29日(土曜日)
京都競馬場 10R 第99回天皇賞(春) G1 15:35発走 芝3200m
もう何度も訪れた京都競馬場。今回も春香は観客席にいた。
(うわぁ……本当、凄い人……。雄太くんの応援してくれてる人って、どれだけ居るのかなぁ……?)
大勢の観客の間をすり抜けながら、何とか進んで行く。出来る事ならゴール板前で見たいのだが、今回も人の多さに圧倒されてしまった。
(もう少し前に行けないかなぁ……。やっぱりG1は凄い人だし、この辺で見ようかな)
それでも、隙間を見付けて、少しずつ前の方に向かって進んだ。
ターフビジョンでは、パドックが映っている。春香は、各馬に騎乗していく騎手達の中の雄太を探していた。
(雄太くん……、雄太くん……映らないかな? あ、雄太くんだ。やっぱり格好良いなぁ〜)
真剣な目をして馬に跨がった姿に見惚れる。何度も見てはいるが、そのたびにドキドキとしてしまう。
本馬場入場をしてきた時も輪乗りしている時も視線は雄太に釘付けになっていた。
スターターが旗を振りファンファーレが鳴り響くと、観客席からは大歓声が上がった。次々とゲートに馬が入っていく。緊張感が広がる中、ゲートが開かれた。
今回は出遅れる事もなく雄太はスムーズにゲートを出た。だが、天皇賞春は長丁場だ。距離が長い程、馬の持久力や騎手の騎乗技術が物を言う。
(雄太くんは……? あ、後ろの方だ……)
中団後方につけているのが見えた。そのままの態勢で一周目のスタンド前に差しかかる。
乾いた馬場は芝コースとは思えないぐらいに砂埃が舞い上がる。
(雄太くん頑張ってね……。応援してるから……)
祈る事しか出来ないもどかしさが込み上げるが、精一杯の想いを込めてスタンド前を通過していった雄太の背を見送った。
また、視線を上げてターフビジョンを見詰める。馬込みからは出られてはいなかったが、少しずつ雄太は順位を上げていた。
(隙間なんてありそうにないのに……)
3コーナーの上り坂を登り切り、4コーナーに差し掛かるとスルスルと馬群を抜けて雄太は先頭に並びかけた。
直線コースに入ると四頭が並んだ。
「頑張ってぇ〜っ‼」
春香は声のかぎりに叫んだ。周りからも歓声が上がる。
その声援に答えるかのように、グングンと差を広げ始めた。
「雄太くんっ‼ そのままいってぇ〜っ‼」
追い縋る馬を置き去りにして雄太は一着でゴールした。前回のように写真判定は必要がない独走だった。
4番人気だったとは思えないぐらいの圧倒的な一着だった。
勝利者インタビューでも雄太は落ち着いた様子で答えていて、二十歳とは思えないと周りからも聞こえてきた。
(本当に……格好良い……。ついこの前、G1勝ったのに、また勝ってくれた……)
数日前、雄太が言ってくれた言葉が胸に蘇る。
『春香と結婚して成績が落ちたって言われたくなくて、絶対一着獲るんだって思ってたんだよ』
握り締めた両手に大粒の涙がポタポタと落ちる。
慎一郎が現役の時に獲りたかったと言っていた天皇賞春を、雄太が二十歳で獲ったと言う事で年長の競馬ファンも称賛を送っていた。
(嬉しい……。本当に嬉しい……。きっとお義父さんも喜んでらっしゃるよね)
インタビューが終わり雄太が手を振ると、また大きな歓声と拍手がおこる。春香も目一杯拍手をした。
雄太が与えた感動が京都競馬場を包んでいた。




