336話
翌朝、雄太はスッキリと目が覚めた。
(祝勝会があって疲れたはずなのに……。やっぱり春香にマッサージしてもらうと疲れが抜けやすいな)
神の手を使わなくても、マッサージ師として一流だと思っているのだが、本人に言うと『まだまだ勉強しなきゃ駄目だと思うんだよね』と返してくるのだ。
人から認められるプロでありながら、現状に満足せず突き詰めて行く姿勢は、やはり似た者同士なのだろう。
雄太はそう言う前向きな処も惚れている。そして、春香もだ。
「よしっ‼ 今日も頑張っていこう」
気合いを入れて一階に降りると、春香は既に起きていて、朝食の準備が出来てあった。
「おはよう、雄太くん」
「春香、おはよう」
雄太に気付いた春香はニッコリと笑って、コーヒーを淹れてくれる。
「昨日、梅野さんから特製ブレンドの豆をいただいたの」
「そうなんだ?」
春香はカップと共に硝子製のボトルをテーブルに置いた。手に取った雄太はラベルを見て吹き出した。
『真希特製ブレンド雄太&春香ラブラブモーニングコーヒー』
手書きだから梅野が書いたのは分かる。ラベルの隅には、梅野のサインも入っていた。
「ブッ。梅野さん……。ププッ。ネーミングセンスが……壊滅的……」
「うん。私も笑っちゃった」
見た目がイケメンで会話は巧みなのに、この名付けはどうなんだろうと雄太は笑いを止める事が出来なかった。
「ラブラブモーニングコーヒーって何だよって感じだよな」
「ね〜」
雄太は座って、コーヒーを一口飲む。
「あぁ〜。ネーミングセンスは置いておいて、味は良いな。さすが梅野さんだ」
「良かったね」
まろやかでありながらもキリッとした苦味が頭をスッキリさせてくれる。
寮で飲ませてもらっていた物とは少し違っているから、朝用に考えてブレンドしてくれたのだと分かった。
「梅野さんって喫茶店のマスターやれそうって、ずっと思ってたんだよな」
「似合いそうだけど、若い女の子がいっぱい詰めかけそうじゃない?」
「あ〜、かもな。で、マジでコーヒー飲みたいおじさんとかが居づらくなりそうな感じだよな」
「それにコーヒー一杯で長居されたら儲からないよね」
「確かに」
二人で顔を見合わせて笑い合っている頃、寮の部屋で梅野が盛大なクシャミをしていた。
「梅野さん、うっさいっすよぉ……」
「純也ぁ〜。酔っ払って俺の部屋で寝たクセに生意気だぞぉ〜」
梅野は、純也の鼻をつまむ。その後、上に向けて所謂豚鼻にした。
「ブヒヒヒッ‼ あれ? ここ俺の部屋じゃなかったっすか?」
「お前なぁ〜」
「ん〜? ま、良いっか」
「良くないしぃ〜」
純也は梅野のベッドから奪い取った毛布から這い出すと大きく伸びをした。
「梅野さん、この毛布メチャ肌触り良いすっね」
「良いだろぉ〜? 綿毛布って言う奴なんだぜぇ〜」
「綿? これって綿なんすか? 綿って言うとタオルケットをイメージするんすけど」
純也が綿毛布を抱き抱えスリスリと頬ずりをする。
「あ〜。確かになぁ〜。……お前、それ自分の部屋に持っていこうとしてないかぁ〜?」
「き……気の所為っすよ?」
梅野が純也を後ろから羽交い締めにする。
「純也ぁ〜。フゥ〜」
「うははははははっ‼ 息……息やめてくださいっすぅ〜」
「お前、ここ弱いよなぁ〜」
「……お前ら……何やってんだよ……」
梅野に首筋に息を吹きかけられ、ジタバタとした所為で上半身が半分はだけた状態の純也を見て、ドアを開けた鈴掛は固まった。
「え?」
「あ……鈴掛さん……」
ドアの方を見て梅野と純也も固まった。
「あ……ああ。すまん。お前等がそんな仲だとは気付かなかった。俺が悪かった」
「ちょっ‼ ちょっ‼ ちょっ‼ 誤解っすよぉ〜っ‼」
「鈴掛さぁ〜んっ‼ 待ってくださいっ‼ 俺は女の子が大好きなんですっ‼」
無言でスゥ〜とドアを閉めようとする鈴掛を梅野と純也は慌てて追い縋る。
今日もトレセン独身寮は早朝から元気な声が響き渡っていた。




