333話
雄太と決めていた待ち合わせの場所で、春香はレースを思い出しては顔が緩みまくっていた。
(雄太くん、本当に格好良かったぁ……。出遅れても一着になるんだもん。そんな人が私の旦那様だなんて……。凄く嬉しい)
両手で頬をはさんでみると、やはりポカポカと温かい。
「春香。お待たせ」
雄太の声に顔を上げて、車の方に向かって走りだした。降りて来た雄太を思いっきり抱き締める。
「うぉっ‼」
「おめでとう、雄太くん。格好良かったぁ〜。もうドキドキしちゃった」
嬉しそうに言う春香をしっかりと抱き締めた。
「ありがとう、春香。出遅れちゃったしな」
「でも勝ったんだし、ね」
春香はそう言うと、精一杯背伸びをして祝福のキスを贈った。
「春香さぁ〜ん。俺の事、見えてないのぉ〜?」
「ふぇっ⁉ う……梅野さん……」
驚いて車を見ると助手席で梅野がニヤニヤ笑っている。
「この前と言い、大胆だねぇ〜」
「うぅ……」
「俺の三着も褒めてくれると嬉しいなぁ〜」
「お……おめでとうございます」
「ありがとう、春香さん〜」
桜の花よりピンクになった頬をしながらペコリと頭を下げた。
三人でワイワイと話して、梅野を寮に送り届けた。その後、自宅に戻った雄太はのんびりと風呂に入った。
(あ〜。勝てて良かったなぁ……。出遅れた時はマジ焦ったけど、何とか出来て良かったな。上手く馬群さばけたし……)
ゲート入りを嫌がる馬がいたり、騒がしい馬がいると影響されてしまうのは仕方がない。
元々、馬は繊細な生き物なのだから。全く動じない馬もいるのだが……。
(力のある馬でも、出遅れのロスがあると辛いしなぁ……。今日は勝てて良かったけどさ。次はもっと上手く乗れるようにならないとな。今日より明日。明日より明後日だ)
どんどんG1を獲って、春香の最高の笑顔を見たいと思った。
「雄太くん」
「ん?」
ベッドで競馬新聞の記事を読んでいた雄太は、少しだけドアを開けて声をかけた春香の方を見た。
そっとドアを全開にして、春香が桜色といった感じの淡いピンクのネグリジェを着て笑って入ってきた。
「え? あ……」
「えへへ。どう? 似合う?」
春香が体を左右に振ると、ヒラヒラとフリルやリボンが揺れている。
「そ……それ……。ど……どうしたの……?」
「雄太くんが桜花賞獲れたら、これ着てお祝いしたいなって思って買っておいたの」
雄太の動悸が激しくなる。桜花賞を獲れると思っていてくれた事も、初めて春香が自分の為にネグリジェを買ってくれていた事に感動したのだ。
競馬新聞をベッドサイドに置いて、雄太はベッドを降りた。ゆっくりと春香の前に立ち抱き締めた。春香も雄太の背に腕を回した。
「ありがとう……、春香……。俺……嬉しいよ」
「ふふふ。私こそ感動をありがとう。素敵だったよ」
『G1を獲る』と言うのは、騎手になったら、誰でも目標にするだろう。
G1を目指して切磋琢磨する仲間がいる。頑張って馬を仕上げてくれる厩舎の皆がいる。
そして、声を枯らして応援してくれる最愛の人が腕の中で笑っている。
「まだまだ獲れてないG1はいっぱいあるんだけど、頑張って一着獲るよ。その時に春香と一緒に喜び合いたいんだ」
「うん。私も同じ気持ちだよ。ずっとずっと応援したいし、一緒に喜びたいって思ってるからね」
「ああ。一つ一つ、着実に獲っていくぞ」
「雄太くんなら出来るって信じてるよ」
「ああ」
お互いの体温を感じる。トクントクンと鼓動が伝わってくる。その温もりが幸せだと思える。
「これからも頑張ってね。私、精一杯応援するから」
「勝ったら、またネグリジェ増えるんだな?」
「ん? 良いよ。じゃあ、クローゼットがカラフルなネグリジェでいっぱいになるね」
雄太は我慢の限界がきて、春香をヒョイと抱き上げる。
それが何を意味するか、もう十分分かっている春香は雄太の胸に頬を寄せる。
春とは思えない熱い夜を過ごした二人だった。




