330話
3月20日(月曜日)
「朝から贅沢ぅ……」
直樹からは『近江牛のすき焼きで祝おう』と言われていたのだが、実際店に着くと、テーブルの上にはすき焼き用の肉や野菜だけでなく、寿司なども並んでいた。
それを見た純也は、口をパクパクとさせながらも、目を輝かせていた。
「ほら、早く座れ座れ。乾杯するぞ」
ウキウキとした直樹に促され、雄太達は席に着いた。
乾杯用の飲み物が配られると直樹は、雄太の方に向いた。
「よし。じゃあ、雄太から一言な。それから乾杯だ」
「え……? あ、はい」
直樹に乾杯の音頭を振られ、雄太は右手でグラスを持ち、左手で春香の手を握った。
「もう二十歳です。まだ二十歳です。俺には、まだどっちが正解なのか分かりません。ですが、この先も春香と手を取り合って、一歩ずつ進んでいきます」
そう言って繋いだ手を少し上げた。それは、二人っきりで過ごせる月曜日を、直樹に阻止された事に対するほんの少しの仕返しだ。
「これからもよろしくお願いします。乾杯」
雄太と共に、春香もペコリと頭を下げた。
「乾杯っ‼」
顔を上げると直樹が苦笑いを浮かべていた。恐らくは『見せつけやがって』といった処だろう。
「じゃあ、始めますね」
春香は熱した鍋に牛脂を塗り広げていき、肉を焼いて割り下でサッと味付けをする。
肉の焼けた良い匂いが広がり、純也の腹がググゥーっと爆音を響かせた。
「ソル……」
「純也……。お前、朝飯たらふく食ってただろうが……」
「何て爆音させるんだよぉ〜」
直樹は苦笑いを浮かべ、里美は下を向いてクスクスと笑っている。
「塩崎さん、一番は主役の雄太くんなんで、ちょっと待ってくださいね」
「ういっす」
春香が雄太の器に焼き上がった肉を入れて、ニッコリと笑う。
「ありがとう、春香」
「うん。はい、塩崎さん」
もう一枚の肉を純也の器に入れると、純也の目がキラキラと輝く。
「春さん、天使っす」
「春香は、俺の天使だからな?」
尻尾を振らんばかりに喜ぶ純也にすかさず雄太がツッコミを入れる。鈴掛達だけでなく、直樹達も吹き出している。
すき焼きの香りが広がる部屋で、直樹と鈴掛は日本酒をチビチビとやり、梅野と里美はワインを呑んでいた。
「雄太くんもお酒呑む? 帰りは私が運転するし」
「え? 俺は良いよ。春香こそ少し呑めば?」
「ん〜。お言葉に甘えて少しだけ呑もうかな?」
二人の会話を純也が大トロを食べながら聞いていた。
「春さんって呑める人?」
「うん、少しだけね。えっと……白ワインにしようかな」
メニュー表を見ている春香に梅野がチラリと視線を移す。
「肉がメインなのに白いくのぉ〜?」
「私、白が好きなんです。ロゼも」
「そうなんだぁ〜?」
運ばれてきた白ワインを呑んで、ニッコリと笑う。
それぞれ好きな物を食べ、酒を呑みワイワイと語っている時だった。
ふと思い出したように、梅野が春香の方を向いた。
「俺さ、春香さんに訊こうって思ってた事があったんだよぉ〜」
「はい? 何ですか?」
「雄太、ベッドで変な事したりしてない〜?」
純也と直樹と鈴掛が盛大に吹き出し、雄太はむせて咳き込んだ。
「変な……事……?」
「ゴホッ‼ う……梅野さんっ⁉ 酔ってるでしょっ⁉」
春香が聞き返し、雄太が焦って止めようとしたが、梅野のニヤニヤ笑いは止まらなかった。
「そう〜。メイド服とかナース服を着させたりとかぁ〜」
「ちょっ‼ ちょっ‼ ちょぉ〜っ‼」
雄太が声を上げ、鈴掛が梅野の口を右手で塞ぐが、春香は真面目な顔をして答える。
「えっと……ですねぇ……。私、雄太くんが初めての人だからぁ……、何が変なのか分からないんです。お正月は長襦袢で……ふやぁっ⁉」
酔った所為でポロッと口にした事の恥ずかしさに気付いた春香は、雄太の胸に顔を埋めた。
直樹は再び吹き出し、里美は苦笑いを浮べた。
「春さんって、酒弱いのな」
純也は腹を抱えてゲラゲラと笑った。




