329話
週末、土曜日は阪神競馬場で一勝。翌日、日曜日は中京競馬場で二勝をあげた雄太は少し悩んでいた。
(また中京記念勝てなかった……。相性悪いのかなぁ……)
帰りの荷物をまとめて、溜め息を吐く。
G1じゃないからと、簡単に勝てる訳ではないのは分かってはいる。競馬場によって勝率に変化があるのも分かっている。
騎手だけでなく、馬にも右回り左回りの得手不得手があるのだ。馬場状態や気温にも左右される。
(終わった事をくよくよ考えるより、次はどうするかを考えよう。前進あるのみだ)
「よしっ‼」
気合いを入れて立ち上がった時、ノックが響きドアが開いた。
「雄太」
「あ、鈴掛さん。おめでとうございます。お疲れ様でした」
「おう。ちょっとヒヤヒヤしたけどな」
ゴール前まで競り合ったが、最後突き抜けたさすがの騎乗を見せた鈴掛が格好良く見えた。
「まだまだ、雄太に負けらんねぇからな」
「俺も、いつまでも鈴掛さんの背中ばかり見せられたくないですからね?」
そう言って雄太はニヤリと笑うと、鈴掛はグリグリと雄太の頭を撫でる。
「若手がどんどん伸びてくるのは嬉しいが、お前は伸び過ぎだぞ? あ、純也もか」
「ははは」
「帰り支度出来たんなら帰るか」
「はい」
金曜日に車で中京入りをしていた鈴掛の車に同乗させてもらう。
「あ〜。そう言えば、春香ちゃんが車乗り換えるんだって? この前、トレセンで会った時に話してたんたけど」
「ええ。愛着あるから迷ってるみたいですけどね」
雄太が車を購入するまで、春香の車でデートをしていた。春香にしてみれば、雄太と過ごした大切な思い出があるのだろう。
「良いやつだし、まだ乗れるんだからってのもあるんじゃねぇのか?」
「そうなんですよ。俺のは中古だったし、春香の車の方が良いぐらいなんですよね」
雄太も春香の車を気に入っていた。運転にも慣れたし、車自体も好きだった。
「何なら俺の車を売って、春香のを何か新しいのを買って、あのベンツを俺が乗るってのもありかなって考えてるんですよ」
「お? それ良い案じゃないか。それ、春香ちゃんに言ってみたらどうだ?」
「そうですね」
久し振りに、ゆっくりと鈴掛と話していると、こんな兄貴がいると良いなと思ってしまう。
しかし、鈴掛が調教師になったら、関係性は変わるのではないかと思っていた。
「まだ先だとは思いますけど、鈴掛さん調教師とか考えてます?」
「へ? あ〜、そうだな。いずれは……ってぐらいだぞ? いきなり、どうした?」
「タレントの鮎川さんと色々話してたんですけど、今の競馬界をもっと明るくて、もっと敷居の低いものにしたいなって思って」
長い歴史を否定する訳ではない。古いから悪いと言う訳でもない。良い部分を残し、新しいものに変えていく。
「梅野がさ、若い女にウケてるだろ? で、お前も若い女の子のファンがいるじゃないか。競馬場に女がいるなんて、一昔前じゃ考えらんなかったよな」
「そうですね。父さんが現役の頃には考えられなかったって言ってましたよ」
「まぁ、女に限った事じゃないけど、変えていけるなら変えていけ。お前らが悪い方に変えていくとは思ってないからな」
「はい」
最初はチャラくて不真面目なのではないかと言われていた純也も、今では信頼を得て騎乗依頼がグンっと増えている。
初めて重賞を勝った時、調教師と抱き合い泣いていた姿は忘れられない。
「俺、やっと雄太と同じステージに上がった気がする。雄太の方がずっとずっと上だけど。それでも諦めねぇ」
涙と鼻水でぐしょぐしょになった顔で笑った純也と拳を合わせた。
いずれG1で一緒に走る事にもなるだろう。
「春のG1戦線、楽しみだな」
「そうですね。まずは、桜花賞獲ります」
「簡単には獲らせねぇぞ?」
「俺の背中、見ててください」
「それは、俺のセリフだっての」
純也と梅野が居ないと真面目な話が出来るなと思った事は、内緒にしておこうと思った雄太だった。




