327話
3月14日(火曜日)雄太の二十歳の誕生日
春香は、雄太がトレセンに出勤してから大忙しだった。
「明日も朝早いけど、やっぱり当日にお祝いしたいもんね」
やはり、二十歳は大きな人生の節目と思う春香は、色々と張り切って準備をしていた。
料理は雄太の好物をチョイスし、東雲近くのケーキ屋さんに甘さ控え目で苺タップリの小さなケーキをお願いしてある。
「えっと……下ごしらえ済ませて、ケーキ取りに行って……。あ、忘れないうちにグラス冷やしておこうっと」
いそいそとシャンパングラスを冷蔵庫に入れる。
「雄太くんもお酒呑める歳になったんだし、良いシャンパングラスとかワイングラス買っても良いかな? これ、安いやつだし。でも、まだあんまり使ってないしなぁ〜。もったいない気がする……」
雄太はG1騎手で、同年代と比べるとかなりの高額所得者である。春香も高額所得だった。それなのに、二人揃って庶民的である。
騎手時代から高収入だった慎一郎が豪勢にしてしまうのは酒関係だけで、それ以外は質素だ。理保は控え目な性格で派手好みではない。子育てもごく一般的な金のかけ方しかしなかった。特別だったのは乗馬教室ぐらいだ。雄太はそれを当たり前だと思って育ってきた。
春香の方はと言うと金に苦労をして育ったのもあって、派手に使うのはここ一番と言う時だけだ。主に雄太に対しては、まさに『金に糸目をつけない』ではあるが。
そんな二人の周囲からの評判は高い。『贅沢をしても良いのに控え目で好ましい』『野菜をもらって喜んでいるのに、貧乏くさい感じがしない』などの話しが、慎一郎の耳にも入っていて喜ばせていた。
「うわっ‼ もうこんな時間になってる。急がなくちゃ」
春香は鷹羽家をはじめ、お世話になっている厩舎に赤飯を届けると、ケーキを取りに草津へと急いだ。
(よしっ‼ 準備出来た。雄太くんが帰ってくるの、もうすぐだよね)
花屋で買ってきたミニブーケを見ているだけで、ウキウキと心が弾む。
カチャン
門扉の開く音がすると、春香は玄関へと走った。
「おかえりなさい、雄太くん」
「ただいま」
ドアを開けた雄太に抱きつくと、すりすりと頬を寄せて甘える。
「ん? 今日は馬の匂いが凄く残ってるね?」
「ああ。打ち合わせ終わった後、新しく入厩してきた馬を見に馬房に行ったんだ。多分、乗る事になるだろうから少し触ってきたんだよ」
「そうなんだぁ〜。いっぱい活躍してくれると良いね」
「ああ」
普段、馬と接する人間でも臭いと言う事もあるのだが、春香は全く気にしていない。さすがに舐められた時は臭いに驚いたようだったが、それでも笑っていて雄太を苦笑いさせていた。
風呂を終えた雄太はダイニングに入り、テーブルの上が華やかな事に気付いた。
「へぇ〜。可愛い花だな。これは……菜の花?」
「ううん。これはスイートアリッサムって言うの。3月14日の誕生花で『飛躍』って言う花言葉があるんだよ」
「飛躍……」
「雄太くんにピッタリだなって思って」
さり気なく花を飾りながらも、ちゃんと花言葉を調べていてメッセージとしている。
それだけでも嬉しいのだが、調教終わりに立ち寄った複数の厩舎の調教師から『誕生日おめでとう。奥さんから赤飯届いたよ。丁寧な挨拶状付きで』と礼を言われた。
(こう言うの内助の功って言うんだっけ……? 俺の為に春香は色々とやってくれてる。俺、頭が上がらないよ)
どれだけ時間をかけても、頭を悩ませても、それが雄太の為ならばなんの苦にもならないと春香は言う。
「私が楽しいからやってるんだもん。それが雄太くんの役に立つならウィンウィンでしょ?」
そう笑顔で言われて、嫌な気がする訳もなかった。
「ありがとう、春香。目一杯飛躍しないとな」
「うん。私もサポート頑張るし、精一杯応援するよ」
「頼もしいかぎりだ」
「えへへ」
満面の笑みを浮かべる春香をそっと抱き締めてキスをして、二人っきりの誕生日パーティーはスタートした。




