326話
煮込み始めると良い香りがただよい始める。
「後もう少し煮れば完成だね」
「そうだな。ちょっ……」
休憩しようかと言いかけた雄太の言葉を遮るように、また着信音が響いた。
(春香とイチャイチャしようって思ってたのに誰だよっ⁉ また、父さんじゃないだろうなっ⁉)
他の調教師からの電話かも知れないと思い、冷静に電話に出る。
「もしもし」
『雄太、俺だ』
今度の電話は直樹からだった。
「あ……お義父さん」
『14日、二十歳の誕生日だろ? 仕事関係と成人祝いの会とかやるのか?』
「え? あ、いや特には……」
雄太の胸に、またもや嫌な予感が急速に広がっていった。
(ちょっと待て……。この展開は……)
『そうか。なら、良かった』
(……何が……? ま……まさか……)
『20日に店押さえたんだよ』
(ちょっ‼ はやっ‼)
『近江牛のすき焼きで祝おう』
「あ……はい。ありがとうございます……」
(的中しちゃったぞっ⁉ こんな時に勘が鋭くならなくてもっ‼)
さすがに義父からの提案は事後承諾であっても了承せざるを得ない。しかし、頬はピクピクと引きつった。
『鈴掛さん達も招待するから、雄太の方から誘っておいてくれるか?』
「はい……。分かりました」
店の名前と場所、日時を伝えて直樹は電話を切った。
雄太は伝えられた事をメモって、春香に分からないように小さく溜め息を吐いた。
「お父さん、何だって?」
「う……うん。俺の誕生日会するって。鈴掛さん達も呼んで」
雄太のコーヒーと自分用の紅茶のカップをリビングのテーブルに置いて、春香は電話の子機を見詰めた。
「もう、お父さんたら勝手に決めちゃって」
「店も決めて予約してるってさ」
さっきメモをしたのを見せる。
「20日は考えてた日だけど……」
「そうだな」
「それにしても、相談してから決めてくれたら良いのに」
ソファーに座りながら、春香は紅茶のカップを手にして頬を膨らませた。
全て準備済みな事には驚いたが、恐らく春香に会いたいが為だろうと雄太は思った。
(仕方ないかぁ……。お義父さん、春香を溺愛してるもんな)
「ごめんね」
「え?」
「お父さん、雄太くんが義理の息子になった事が嬉しいんだよ」
「へ? お……俺?」
直樹は春香に会いたいだけなのかと思っていた雄太は、目が真ん丸になる。
「私が一人で東雲に行ったら、雄太は? って訊くんだよね。雄太くんの体調とかも気にしてるし、遠征に行った時も心配してたよ」
「そ……そうなのか……?」
(お義父さんが……なぁ……)
春香と里美以外には興味がないのかと思うぐらいに分かりやすい直樹だが、雄太にも家族としての愛情があるのかと思うと感慨深い。
「私が断りの電話するよ」
「ん? あ〜。良いよ、しなくても」
「でも……」
「久し振りにお義父さん達とゆっくり話すのも良いし」
「そう? でも、今度からは相談してって言わないとね」
春香は、雄太が二人っきりで祝いたいのだと感じでいた。それなのに義父である直樹の誘いを受けてくれて申し訳ない気がした。
「それはそれとして、雄太くんは何が欲しい? 二十歳って特別だし、プレゼントしても良いでしょ?」
「ん? そうだな。うん」
「私からは誕生日当日に渡すね」
「ああ。何が良いかな」
何とか雄太の気分を変えようとして、春香は自分からのプレゼントの話題を振ってみた。
雄太は何が良いか悩みながら、ふと春香の視線に気付き顔を見詰める。
「エッチな事考えてる?」
「ち……違うって」
「動揺してるっぽいんだけど?」
「え……、そうか?」
慌てると怪しまれるのに、なぜかドキリとしてしまった。
「雄太くんのエッチ」
「本当に違うから。でも、春香のエッチな顔も好きだぞ?」
「やっぱりエッチだね」
「春香にだけな?」
「うん」
二人でお茶しながら過ごす穏やかな時間は、何よりもパワーと癒しを与えてくれると雄太はつくづく思って、そっと寄り添った。




