32話
(え? 市村さん……昨日と同じ……? もしかして……神の手を使ってる……?)
話していた口調が昨夜のとは違いそのままの春香と言う感じだったし、今日は経過観察と通常のマッサージだろうと思っていた雄太は驚いた。
足元でマッサージをしている春香からは、蒼いオーラが見える程の気迫が伝わって来る。
ふと、昨夜の神の手を使っている時は、春香がほぼ無言だったのを思い出す。
(市村さん……俺に神の手を使ってるのを分からないようにする為に、無理して話してた……とか? でも……何で……?)
雄太は黙ったまま、じっと春香を見詰め続けた。
春香も集中していて、言葉を発する事を忘れていた。
VIPへのプライバシーの配慮から窓はない。
しかし、ドアは開け放たれているから、カーテン越しに待ち合いのテレビの音声や客の話し声が聞こえて来ても良いはずなのに、室内には一切の音がないように 雄太は感じていた。
どれぐらいの時間が経ったのか、感覚が麻痺して来た頃、春香の額から流れた一筋の汗が 春香の右目に入った。
「ん……」
春香が顔をしかめる。
「大丈夫ですか?」
雄太が訊ねると、春香は スッと立ち上がる。
「ちょっと、ごめんなさい」
そう言って手洗い場に行き顔を洗った。
「汗って、目に入ると痛いですよね」
タオルで顔を拭いながら言う春香に、雄太はうんうんと頷く。
「確かに。油断してる時に限って入ったりして、余計に痛ってなりますよね」
先程までの気迫溢れる春香と同じとは思えないくらいの、のんびりした雰囲気で話す春香につられ、雄太は『今、神の手を使っていましたか?』と訊く事は出来なかった。
春香はタオルを手洗い場の下にあるバスケットに入れると、再び雄太の足元に戻り膝を着いた。
「今日は右足のマッサージもしますね。あ、これはサービスです」
雄太が施術費を気にしていたからか、そう言って春香は ニッコリと笑った。
「はい。お願いします。てか、市村さん。昨日もだったけど、施術する時 その半袖の白衣みたいなの……昨日は水色で今日は青だから、厳密には白衣じゃないのかな? それ着てましたよね? 他の人は長袖の着てませんでした?」
「あ、これですか? これ、施術着って言うんです。動きやすくて、これで施術するのが楽なんですよね。これでも汗かいちゃうから、長袖なんて着てらんないです」




