325話
夕方までしっかりと昼寝したからか、春香の熱は下がり夕飯の準備をしている。
雄太も一緒に並んで肉じゃが用の野菜の皮剥きをしながら話す。
「さっきの話しの続きなんだけど、雄太くんのお誕生日のお祝いって皆さんお呼びした方が良いの?」
「皆さん?」
「うん。厩舎の皆さんとか、騎手仲間の皆さん」
春香と二人っきりで祝うつもりでいた雄太は驚いた。
「へ? 何で?」
「何でって。雄太くん、今度のお誕生日で二十歳でしょ? 大人の仲間入りするんだし、盛大にお祝いした方が良いのかと思って」
「あ……二十歳かぁ……」
「忘れてたの?」
じゃがいもの皮を剥きながら、春香はおかしそうに笑った。
「忘れてた訳じゃないけど、何となくな」
「ん? どう言う事?」
「俺、小学生で騎手になりたいって思ったって話したろ? 競馬ってギャンブルだし、大人の世界じゃないか。小学生でその世界に入るって考えてたぐらいだったから、二十歳になるイコール大人って意識が薄いのかも」
恐らくは、競馬に関わっていない人や場所では通じないであろう感覚の話しだろうと思う。
「あ〜。そうかも知れないね」
「まあ、二十歳になったら春香とワイン呑んだりはしたいと思ってるからな?」
「うん」
春香も高校に行ってから仕事をした訳じゃない。けれど、雄太が身を置く場所よりは大人の世界ではなかったから、二十歳は特別だった。
成人式には行かなかったが、直樹と里美と一緒に写真館で記念の写真を撮ってもらった。
「お義父さんとお義母さんは何かおっしゃってなかった?」
「特にはなかったな」
「ん〜。御赤飯炊いた方が良いのかなぁ〜?」
「赤飯も良いけど、中華おこわも好きだな」
「それ、普段のご飯だし」
「だな。でも好きなんだし良いだろ?」
「うん」
斤量の関係で、食べる量を減らしたい時は少量で腹持ちが良い物を食べたい。
餅米は白米よりはカロリーが高いが腹持ちが良く、春香の作る中華おこわは蓮根やタケノコなどが入っていて食物繊維もタップリで、雄太のお気に入りだった。
(二十歳のお祝いの会かぁ……。父さんが何か言ってきそうな……)
そんな事を考えながら玉葱の皮を剥いていると、電話の着信音が響いた。
「ん? 俺が出るよ」
「うん。お願いね」
サッと手を洗い、子機を手にすると聞こえてきたのは慎一郎の声だった。
『もしもし』
「父さん、何かあった?」
『……何だ、雄太か』
(自分の息子に向かって何だとは何だよぉ〜っ⁉)
『まぁ、良い。お前の二十歳の誕生日の事だが』
「え? あ……うん」
慎一郎の言った言葉に、雄太は少しビクついた。
(ちょっ……。嫌な予感的中……?)
雄太は少し身構える。
『春香さんと二人っきりで祝うなりなんなり好きにしろ』
「え? 良いのか?」
『わざわざ成人の祝いとかする時間もないだろ? G1の祝勝会と一緒にしても良いしな』
「ああ、合同か。それで良いんなら、そうしようかな」
『お前の誕生日の後にはなるが、桜花賞獲れ』
(獲れるんなら獲りたいんだけどっ⁉)
サラリと言う慎一郎に、心の中でツッコミを入れる。
期待されてるのは分かるし嬉しいが、無茶を言われている気がしないでもない。
『春香さんと結婚したから成績が下がったなんて言われたくないだろう?』
「それは、俺も思ってる」
『なら、頑張るしかないだろう? で、孫はまだか?』
「ブッ‼ ま……まだだよ」
雄太の返答から慎一郎からの電話だと察した。そして、思いっきり吹き出した状況から何を言われたか春香には分かってしまった。
電話を切った雄太は、キッチンに戻りクスクスと笑っている春香を抱き締める。
「結婚して何年も経った夫婦に訊くみたいに、孫の催促するんだからな」
「待ち望んでもらってるのは嬉しいよ」
「そうか? なら良いっか」
「子供が出来たら、もっと大変になるね」
「妊娠報告パーティーとかしそうで怖いんだけど」
「だね」
笑いながら、また肉じゃが作りを再開した。




