314話
2月13日(月曜日)
「よし、行くか」
「うんっ‼」
明日はバレンタイデーと言うのに、二人が出かけたのは信楽だ。
「あのね。明日のデート、バレンタイデーは全然関係ない所なんだけど良いかな?」
「え? 何?」
「陶芸体験に行きたいの」
「陶芸って、茶碗とか作る奴?」
おでんの大根に辛子を付けながら雄太は訊ねた。
「うん。この前、雄太くんのお湯呑み欠けちゃったでしょ? 新しいのはどんなのが良いかなって考えてて、信楽焼きも良いなぁ〜って思って」
「あぁ〜。俺ぶつけたからな」
数日前、夕飯の片付けをしていた時に雄太がシンクの端に当ててしまい飲み口が欠けたのだ。
「そう言う時もあるよ。形あるものはいつか壊れるしね」
「うん。で? それで、何で陶芸体験?」
「お店いっぱいあるなぁ〜って思って地図を見てたら、陶芸体験出来るって言うの見付けたの。で、やってみたいなぁって思ったんだぁ〜」
栗東から信楽は遠くはないが、途中には山林が多く近場とも言えない。
「そうだな。んじゃ、昼は蕎麦にしようか?」
「うん。お蕎麦好き」
信楽に着き、店をいくつか見て雄太の好みの湯呑みが見付かった。
「どうせなら、お揃いにしようか?」
「うん。えっと……じゃあ、私はこの色にしよう」
雄太と色違いの湯呑みを手にして春香はニッコリと笑う。
二つの湯呑みを買い求め、陶芸体験が出来る工房に移動した。
「え? 俺も?」
「そうだよ〜。粘土捏ねるのって楽しいじゃない」
「まぁ、そうだろうけど。俺、出来るかなぁ……? てか、何を作るんだ?」
「焼き魚乗せるような長角皿なら私達でも出来るんじゃない?」
春香は指で長方形を作る。茶碗や湯呑みと違って、薄く伸ばして四方高台を付ければ良いだけなので簡単だと言う。
「成る程な。あれなら出来そうだな」
「釉薬を変えてもらって色違いにするのも良いね」
「ああ」
二人で並んで粘土を捏ねる。ひんやりした粘土の手触りが心地良い。
「粘土捏ねるのって久し振りだな」
「最後はいつ?」
「競馬学校の時に授業であったんだよ。馬を作ったんだよな」
「へぇ〜。その馬は?」
「学校に置いてあると思うけど」
「じゃあ、見られないんだぁ〜。残念」
話しながら捏ねていき、薄く伸ばして長方形に切る。端を少し盛り上げ、細長く切った高台を付けた。
「おぉ〜。皿だな、皿」
「うん。時間余っちゃったし、絵付け体験もしない?」
「え? 俺……絵は苦手なんだけど……」
「そう言えば私、雄太くんの絵って見た事ないな」
学校を卒業してからは、絵を描くと言う機会が全くなかった雄太は少し困った顔をした。
(まぁ……春香がやりたいって言うんだしな)
工房の人に素焼きの皿を差し出され、雄太はどうしたものかとジッと見ていた。
隣を見ると、春香は細い筆を器用に使い、桜の絵を書いていた。
「春香、絵上手いな」
「そう? 雄太くん、描かないの?」
「ん〜。あ、そうだ」
雄太は手にした筆をサラサラと動かした。
「出来た」
「え? あ……」
「どうした?」
「私、それ欲しいな」
雄太が書いたのはサインだった。それを物欲しそうな顔で春香は見上げている。
「駄目?」
「良いよ。春香にプレゼントする」
「やったぁー。じゃあ、私の描いたお皿は雄太くんにプレゼントするね」
「ああ」
陶芸体験と絵付け体験をした二人は、少し離れた所にある蕎麦屋に行き蕎麦を堪能した。
お洒落なレストランでなくても、二人で一緒にいれば最高だなと雄太は思った。
「美味しかったね」
「また来ような?」
「うんっ‼」
✤✤✤
後日、長角皿と絵付けをした皿が自宅に届いた。
春香は、雄太のサイン入りの皿を使う事が出来なかった。
「使わないのか?」
「勿体なくて使えない……」
仕方なく皿を飾るスタンドを買って自室に置いた。
「世界に一つだけの雄太くんのサイン入りのお皿だぁ〜」
嬉しそうに笑う春香を見て、笑いが止まらない雄太だった。




