308話
1989年1月1日
ベッドに入る前は初日の出を見に行くのも良いなと話していたが、梅野達からプレゼントされた白いネグリジェ姿の春香を見ると、雄太は歯止めが効かなくなった。
隣を見るとスースーと寝息をたてて春香が眠っている。胸元にはいくつものキスマーク。
(あ〜。抱き潰しちゃったな……。ヤリ過ぎたか……。今、何時だ?)
ベッドヘッドに置いてある目覚まし時計を手に取ると時刻は8時12分。
(そんな遅くまで寝てた訳じゃないな……。えっとまず調教師の所に行って実家と……)
「ん……。おはよう、雄太くん。じゃなくて、明けましておめでとう」
目を覚ました春香は雄太の腕に指を絡めた。
「おめでとう、春香」
「あ、今何時?」
「ん? 8時16分になった処だな」
そう言って雄太は春香のオデコにキスをした。
「着替える前に風呂入ろうか?」
「うん。準備するね」
春香はベッドから降り、脱ぎ捨ててあった白いネグリジェをはおる。そして、床に散らばっていた雄太のスエットと二人分の下着を手に持って寝室を出て行った。
雄太は、体を起こすとググッと大きく伸びをする。体に残る疲れも春香との愛を深めたのだと思うと心地良い。
(さてと……風呂に入ってスッキリしたら挨拶周り行かなきゃな)
ベッドから降り雄太は階下へ降りていった。
「明けましておめでとうございます」
雄太と春香は揃って挨拶をした。
「おめでとう」
「おめでとう。あらあら、可愛いわね」
雄太は黒とグレーのスーツ。春香は水色地に梅の花が描かれた和服を着ていた。
案の定、慎一郎と理保の視線は春香に向いていて、雄太は苦笑いを浮べた。
「う〜ん。やっぱり娘が居るっているのは良いもんだな、理保」
「そうですね」
(まぁ……良い……ん? 春香でこんなになるんだとしたら、マジで孫が出来たらどうなるんだろ……)
想像したくもない状況を思い浮べて雄太はポリポリと頭をかいた。
「辰野調教師の所には行って来たんだろうな?」
慎一郎は調教師の顔をして訊ねる。
「もちろん行って来たよ。調教師も喜んでくれた。去年は辰野調教師海外旅行に行ってて挨拶が3日になったから。今年は元日に挨拶出来て良かったよ」
一番最初に行かなければならないのは所属厩舎の調教師の所である。慎一郎は親ではあるが、優先すべきは辰野である。
所属厩舎の調教師は親も同然なのだ。
「これ、お年賀です。お口に合うと良いんですけど……」
春香が包みを差し出した時、玄関のチャイムが鳴った。
「あら、ちょっと待っててね」
慌ただしく理保は玄関へと向かい、慎一郎は椅子から腰を上げた。
「すまんな。応接間の方に行く」
慎一郎がリビングを出て行くと理保が戻って来た。
「お義母さん、私お手伝いしますね」
「え? そう……ね。じゃあ、お願いしようかしら。雄太、応接間に行ってらっしゃい」
理保の口ぶりから、客が調教師か馬主かと察した雄太は頷いて応接間に向かった。
理保は春香にエプロンを手渡し、茶器と茶菓子を準備する。春香はそれを持って応接間に向かった。
「おお〜。若奥さん、ありがとう」
「若夫婦がお揃いとは。良い時に来たな」
誰もがにこやかに挨拶をし、慎一郎も雄太もそれに答えていた。
(ちょっと待て……。何でこんなに人が来るんだよ? 毎年、ここまでじゃなかったよな? いつもの倍じゃすまないぞ?)
新年の挨拶だから、皆長居はしていないのだが、どう言う訳だかほぼ途切れなく誰かしらが訪れて来ていた。
挨拶をして年賀を渡したら、初詣に行くつもりをしていた雄太はチラリと時計を見た。
(何時間続くんだ……? これ……。てか、春香は着物なんだぞ? 疲れないのか……?)
春香が何度も何度もお茶と茶菓子を持って応接間とキッチンの往復をしているのが気になるが、声をかけようとするタイミングで来客があり、気が付けば鷹羽家を訪れて三時間が過ぎていた。




