307話
1988年12月31日
二人で過ごす二度目の大晦日。
雄太と春香はソファーに並んで座り話していた。
「あれから一年が過ぎようとしてるんだな」
「うん」
梅野達の協力を得て、初めて夜を過ごす約束をしたのが昨日のように思い出される。
「早かった気もするし、長かった気もするよ。春香にプロポーズしたいって思ってた時は、次のG1までが長く感じてたんだよな」
「私、雄太くんがプロポーズを考えてくれてたなんて思わなかったな」
「最初は二十歳になったらって考えたんだけど、やっぱり騎手としてはG1獲りたいってのがあったからな」
焦る気持ちがあり、春香を不安にさせた事を思い出した。
雄太は寄り添っている春香の髪を優しく撫でる。
「内緒にしてたのは、言って待たせる事になったら春香が可哀想だなって思ったんだ」
「大丈夫。雄太くんの優しさは分かってるから」
何となく『ごめんな』と言う言葉は言いたくなくて、春香の手をギュッと握った。
「来年、良い時期に結婚式しような」
「うん。春のG1シーズンの前は……予約的に無理だし、終わったぐらいか、秋のG1シーズンが始まる前かな?」
「だな。シーズン中はやっぱり避けたいからな」
大きなレースがある頃は、やはりピリピリとした雰囲気が漂うので出来れば避けたい。
「結婚指輪は結婚式までは着けないか?」
「あ〜。どうしよう」
二人共が慌ただしさで忘れていた結婚指輪は、来年の始めには完成しますとジュエリーショップから連絡があった。
見た目はシンプルな指輪だが、裏側に二人の誕生石のアクアマリンとサファイアが埋め込んである。そして、イニシャルのYとH。
「あの……裏側に文字って入れられますか?」
デザインを決めている時、春香がデザイナーに申し出た。
どうしても入れたい文字があると言う。デザイナーは大丈夫と答え、文字入れを注文した。
「あのさ、あの時は訊けなかったんだけど……」
「なぁに?」
「何で『Eternal』って入れてもらいたかったんだ?」
わざわざフランス語にしたのはなぜなんだろうと雄太は思っていた。英語で『Forever』『LOVE』なら考えていたからだ。
春香は少し恥ずかしそうにしながら雄太を見上げる。
「え? あ〜っと……その……将来、雄太くんが凱旋門賞を獲れたら良いなって思って……」
「が……が……凱旋門賞っ⁉」
「うん」
フランスでの大きなレースである凱旋門賞を獲った日本人騎手はいない。
それがどれだけの栄誉ある物か春香も分かってはいるだろう。
「強い馬が出るのも分かってるし、凄い騎手の人達が出るのも分かってるよ? でも、いつか雄太くんが獲れたら良いなって思ったから」
海外のレースに出た事もない雄太には大き過ぎる願いかも知れないしプレッシャーになるかもと春香は思ったが、夢は大きくても良いかと考えた。
「凱旋門賞……。うん。いつか必ず行ってみせるよ。約束したもんな。海外にも連れて行ってやるって」
「うんっ‼」
競馬をまともに見た事がなかった春香が色々と覚えていき、ついには凱旋門賞までにいきついたのかと思い雄太は春香を抱き締めた。
(春香の願い……。俺の夢を叶えるサポートをするって言ってたのが自分の願いを口にしてくれるようになったんだな……。凱旋門賞って今の俺にはデカい目標だけど春香の願い叶えてやりたい。俺も欲しいぞ、凱旋門賞)
G1を獲ると夢を叶えた雄太。春香と結婚すると言う夢を叶えた雄太。一つ一つ着実に夢を叶えてきた。
(関西リーディング一位獲ったんだし、次は全国リーディングだよな。それから……)
最終的な夢はまだまだ遠い。
(その時も春香が傍で笑っていてくれるように頑張ろう)
除夜の鐘が鳴り始めた。
「来年も宜しくな、春香」
「うん。私、目一杯頑張るね」
「俺も頑張るよ」
1988年が終わる。
(明日の休みが終わったら、また忙しい日々が始まるんだ。けど、春香と一緒なら頑張れる)
そう思いながら春香に何度もキスをした。




