30話
「じゃあ、足の状態を見せてもらいますね」
春香は、雄太の足元に膝を着くとジャージの裾を捲り上げ、包帯をスルスルと解き始める。
(良かった。腫れ引いてる)
昨夜、酷く腫れていた左足首の腫れは、右足首と比べても差異がない程度になっていた。
ゆっくりと湿布を剥がし、手をあてて熱を持っていないのも確認する。
(うん。大丈夫)
「えっと……今朝になって……。さ……昨夜……痛み止めを……飲んで寝るのを……忘れてたのに……気が付いて……。でも……痛みが……殆どなくて……」
なぜかしどろもどろになりながら話す雄太を、春香はどうかしたのかと見上げた。
「鷹羽さん? どうかしたんですか?」
雄太は、顔を真っ赤にして横を向いていた。耳まで赤くなっている。
「えっと……その……昨日は痛みと焦りで……意識してなかったんですけど……。今日は……その……二人っきりで……。えっと……女性に……足を触られてると思うと……ドキドキし……うわぁっ‼」
そこまで言って雄太は口を押さえ 、ギュッと目を瞑った。
(お……俺っ‼ 何を言ってんだよっ⁉ これじゃ、ただの変態じゃないかっ‼ ……絶対、下品な奴だって……最低な奴だと思われた……。最悪だ……)
雄太がゆっくりと春香の方に向き直り薄く目を開けると、春香はまさに目が点と言った状態で雄太を見上げていた。
そしてスッと立ち上がると、雄太に背を向けた。
「すっ‼ すみませんっ‼ 市村さんっ‼ 俺……俺……」
(絶対、市村さん怒ったよな……? 怒って当然だよ……。俺……どうしよう……)
「えっと……市村さん……」
恐る恐る声を掛けると、春香の肩が微かに震えているのに気付く。
「ご……ごめんなさいっ‼ 市村さんっ‼ その……」
変な汗が出るのを拭いながら謝ると、春香が振り向いた。
その目には涙が浮かんでいた。
「うわぁっ‼ 本当にっ‼ 本当に ごめんなさいっ‼」
雄太はそう叫ぶと、思いっきり頭を下げた。
(女の人を……泣かせた…。助けてくれた人を泣かせてしまった……)
雄太が自己嫌悪でいっぱいになっていると、春香の小さな声が聞こえた。
「ち……違いますよ……」
「え?」
その言葉に顔を上げると、春香は 笑っていた。
「変に触って来たり、触らせようとしたりする人がいるのに、鷹羽さんが『触られてる』って言うから」
春香は溢れそうになる涙を指で拭った。
「ちょっと、ごめんなさい」
そう言って、春香は 手洗い場で顔を洗った。




