305話
12月18日(日曜日)
雄太は土日で四勝を上げ、ウキウキと中京競馬場を後にした。
自宅へ向かう道を曲がると何か点滅している物が見えた。近付くとカラフルな小さな光がチカチカと瞬いている。
(え? 電球って外で使えんのか……?)
駐車場前に車を停めると春香が笑いながら声をかけてきた。
「ゲート開けるね〜」
ゲートが開かれると雄太は車を入れ、後ろのシートに置いていた荷物を持って車を降りた。
「ただいま」
「おかえりなさい。ね、こっち来て」
春香が玄関の方に雄太を引っ張っていった。
門扉の横には雄太の背より少し高いぐらいの鉢植えのモミの木が置いてあり、ピンポン玉くらいの大きさのリンゴの飾りがいくつも付いていて電球が瞬いていた。
「クリスマスツリーじゃないか」
「うん。月城様が送ってきてくださったの。これ、外で使える電球なんだって」
「防水仕様なんだな」
電球のコードの先を見ると二階の窓からの伸びていた。
「私が結婚のお祝い金をお断りしたから、代わりにって、これを送ってくださったの」
「へぇ〜。綺麗だな。でも、てっぺんの星は?」
そう言われて春香はエプロンのポケットに手を入れて、大きな星の飾りを取り出した。
「これは雄太くんに飾って欲しくて」
「そうか」
自分の帰りをワクワクしながら待っていたんだなと思うと可愛くてたまらなくなる。
星の飾りを受け取った雄太はモミの木のてっぺんに飾り付けた。
「綺麗だな」
「うん。私、お店でしかクリスマスツリー飾った事がなかったの。でね、飾っていくと凄く楽しくなってきて、私一人じゃなくて雄太くんと一緒に飾ったって思いたくて待ってたんだぁ〜」
自転車の時もだったが、つらかった過去を笑顔で口にした春香が愛おしかった。
(春香は少しずつだけど確実に進んでるんだな)
ニコニコと笑っている春香にそっとキスをする。
「あ、チューしてる」
その声に驚き門扉の外を見る。そこには自転車に乗った健人が二人を見ていた。
「け……健人」
「健人くん」
キスシーンを見られてしまい慌てて離れるが、しっかり見られたので時すでに遅し。
「春香。約束の物は?」
気にしてないのか、健人はいつも通りに言う。
「こら。お前、何で春香を呼び捨てに……あれ?」
「用意してあるよ。ちょっと待ってね」
雄太が疑問を口にしたが春香は気にしてないようで、玄関ドアを開け、子供が喜びそうなお菓子の入った大きなクリスマスブーツを抱えて戻ってきた。
「はい、健人くん。気を付けて持って帰ってね」
「心配すんなって。サンキュー春香。雄太兄ちゃん、またなぁ〜」
自転車の前カゴからはみ出しているクリスマスブーツを落とさないように、健人は自転車をゆっくりと走らせて帰っていった。
手を振っている春香を雄太は後ろから抱き締める。
「雄太くん?」
「子供に妬いてる俺ってバカ?」
「えぇ~っ⁉ どこに……?」
「生意気にも、俺の春香を呼び捨てしやがって」
雄太の答えに春香は吹き出した。
「わ〜ら〜う〜なぁ〜。てか、いつ健人と知り合ったんだ?」
「雄太くんが函館に行ってる時だよ」
健人に投げかけられた言葉は言うべきか迷ったが、隠しておく方がおかしいかと思って全て話した。雄太は一瞬眉間に皺を寄せる。
「大人の真似をしただけだから怒らないであげてね?」
「まぁ……春香がそれで良いなら……。で、さっきのお菓子は?」
「あれはお礼なの。散歩中にちょっと細い道に入り込んだら迷子になっちゃって。そしたら健人くんに会って案内してもらったから」
「成る程な。それにしても呼び捨てとか生意気な」
唇を尖らせながら言う雄太がおかしくて春香は笑う。
「それはちゃんと言ってあるよ。今は良いけど、健人くんが騎手になったら呼び捨ては出来ないかもよって」
健人が騎手になったら春香は先輩騎手の妻。さすがに今のような呼び方は出来ないだろう。
そう思うと今は良いかと思った雄太だった。




