302話
明けた月曜日
雄太は厩舎のバーベキューに誘われていた。
家を出る寸前まで春香も一緒にと雄太は言っていたが
「厩舎のお誘いはお仕事と一緒なんだから」
と春香は断り、雄太は一人で出かけて行った。
(さてと、またお散歩に出かけようかな。今日は、ちょっと足を伸ばしてみよう。ずっとここに住むわけじゃないけど、家を建てるにしてもトレセンの近くが良いって思うし、色んな道を覚えなきゃ)
春香は冒険気分で散歩に出かける事にした。
(んと……こっちは行った事がないなぁ〜。よし、行ってみよう)
寮に向かう道を外れ、先には田んぼが広がっている道を歩き出す。しばらく行くと白いコンクリートの大きな建物が見えてきた。
(ん? あれは……学校かな?)
月曜日なので子供の声が聞こえてきて、フェンスの向こうに制服の小学生が見えた。
(もしかして雄太くんもここに通ってたのかなぁ〜)
春香にとって学校には良い思い出はない。祖母は優しかったが、収入が少なかった為に近所の人からのお下がりを着ていたと言う事もあり、クラスでからかわれたりしていた。
また、祖母の手伝いをしていた為に遊びに行く事もなく友人は皆無であり、クラス内で孤立していた。
(雄太くんとの子供には楽しく学校に通ってもらいたいなぁ〜)
そんな事を思いながら歩いてるとフェンスの向こうから声がした。
「あ……。えっと……」
「え? あ、健人くん」
春香が声をかけると健人は少し戸惑った顔をした。何か言いたげではあるが口を開こうとしない。
「えっと……私、行くね」
春香が立ち去ろうとすると、健人が声をあげた。
「あっ‼ ちょっと待って。あのさ……前に俺が言った事覚えてる……?」
春香に言った事。それは子供らしからぬセリフだった事もありはっきりと覚えてる。
「うん。まぁ……ね」
「そっかぁ……。そうだよな。あの後さ、父ちゃんにしこたま説教されたんだよ」
「え?」
春香はあの時の事を思い出してみる。トレセンの中には多くの人が働いており、あの時も何人かの人が近くにいた。
「もしかして、あの時に近くに居た人に……」
「そう。俺が言った事を父ちゃんにチクられてさ。まぁ……俺が悪い事を言ったからなんだけど……。小倉から帰ってきた父ちゃんに説教されたんだよな。お前……父ちゃん助けてくれたんだろ?」
「助けてって言うか、私は自分の仕事をしただけだけだよ?」
春香にしてみれば仕事の依頼をこなしただけだが、小園にしてみれば騎乗依頼を飛ばす事にならなかったのだから助けられたと思ったのかも知れない。
「えっと……ごめん。俺、酷い事言ったよな……」
「健人くんは、大人の真似しちゃったんだよね? それ、自分でも分かったんでしょ? 怒られたからじゃなくて」
「うん……。父ちゃんに騎手になりたいなら馬鹿な思い込みは捨てろって言われたんだ。ちゃんと自分で考えなきゃ駄目だって」
春香は小園が我が子を一人の人間として接し、将来騎手になるならと考えているのだと思った。
「良いお父さんだね」
「うん。俺は雄太兄ちゃんのようになりたいけど、父ちゃんもスゲェ格好良いって思ってるんだ」
「そうだね。私もそう思うよ」
そう言われて健人は恥ずかしそうに笑う。その顔は、やはり子供らしくて良いなと思い春香は笑った。
「えっと……お前……ってかお前ってのも悪いし、名前教えてくれよ」
「春香。春の香りって書くんだよ。分かる?」
「ああ。春香って呼んで良いか? 鷹羽は雄太兄ちゃんだって思うしさ」
呼び捨ては生意気だとは思うが、悪い子には思えなかった春香は頷いた。
「良いよ。健人くんが呼びたいように呼んでくれて」
「分かった。てか、どこに行くんだよ? この先に用あんのか?」
「ううん。この辺の道を知らないから散歩してたの」
「そっか。山の方には入んなよ? 迷子になるからな」
「ありがとう」
しばらく話しているとチャイムが鳴り、健人は校舎に向かって駆けて行った。
春香は笑顔でその背を見送っていた。




