301話
土日のレースで五勝を上げた雄太はスキップしたくなるような気持ちを何とか抑えながら帰りの準備をしていた。
(春香が家で待ってくれてるんだぁ〜。早く会って抱き締めたいぞぉ〜)
「俺、雄太が今、何を考えてるかスッゲー分かる……」
「そっかぁ〜?」
荷物をまとめた純也が雄太を見ながらボソッと呟いた。雄太は純也の方を振り向きもしないで答えた。
「今日、雄太ん家に遊びに行っても良い?」
「駄目っ‼ 嫌だっ‼ 断るっ‼」
間髪入れずに答えた雄太に純也は唇を尖らせた。
「良いじゃないかよぉ〜。遊んでくれよぉ〜。てか、雄太ん家に遊びに行かせてもらってないんだけど?」
「……ソル、最近は梅野さん達に呑みに連れてってもらってんだろ? 今日も約束してんじゃなかったのか?」
「あ、そうだった」
既に二十歳になった純也は梅野達に『大人の呑み方を教えてやる』と言われて連れ歩かれていた。
「梅野さん、今日は中京だからちょい遅いんだよな。梅野さんが帰って来るまで雄太ん家に……」
「い・や・だっ‼ 春香とイチャイチャするんだ。邪魔すんな」
断固拒否する雄太が面白くて、純也はかまいたくて仕方なかった。
「夜、イチャイチャすりゃ良いじゃないかよぉ〜」
「夜は夜。帰った時は帰った時なんだよ。てか呑み過ぎんなよ? 肝臓イカれたら困るんだからな?」
騎手にとって調教師や馬主との付き合いも大切であり、飲み会やゴルフ等に呼ばれる事もある。
雄太はまだ未成年故に飲み会に呼ばれる事もなかった。食事会等の付き合いはしていたが、そこまで頻繁ではなかった。
(この先、日曜のレース終わりに呑みに誘われたりする事も出て来るんだよな……。春香を置いて出かけなきゃならないとか……ないぞっ‼)
そうは言っても重賞の祝勝会等で春香に会いに行けなかった時もあった。二十歳を迎えると飲み会の誘いもあるだろう。
(憂鬱だ……)
雄太は誕生日以降の酒の誘いを何とか回避出来ないかと考えながら、純也を助手席に乗せ滋賀への帰り道を急いだ。
「おかえりなさ〜い」
玄関のドアを開けると春香が抱き着いて来た。
「ただいま、春香」
(あぁ〜。春香だぁ……)
丸々会えなかったのは土曜日だけだったのに、既に春香不足になっていた雄太は思いっきり抱き締める。
「今日ね、東雲の近くのお肉屋さんで、ちょっと良い牛肉買って来たんだよ」
「良い牛肉?」
「うん。雄太くん五つも勝ったから嬉しくて、今夜はしゃぶしゃぶにしようかと思ったの」
「良いな、しゃぶしゃぶ」
「うん」
しっかり春香の体温を感じた雄太はキスをする。
「いっぱい勝てて良かったね」
「ああ。リーディング狙ってるからな」
歩きながら指を絡めると幸せな気持ちになる。
「リーディング一位になったらお祝いしても良い?」
「何か買うとかか?」
「うん。何か欲しい物ある?」
雄太は上を向きながら考え、春香は立ち止まった雄太を見上げていた。
(欲しい物……。俺の一番欲しかった春香は手に入ったしなぁ……)
そして、思い出した。春香の誕生日に欲しい物を訊ねた時の事を。
『雄太くんが私の恋人になってくれたから、もう他には何も要らない。最高の誕生日のプレゼントだから』
似た者同士な二人。物欲がない訳じゃない。けれど、物よりも一緒にいたりする事の方が嬉しいと思ってしまうのだ。
(勝ちたい欲はある。誰より早くゴール板を駆け抜けたい欲なんて、どれだけあるか分からないぞ。後は春香と……あ)
「あ、思い付いた」
珍しく雄太がプレゼントをしても良いと言ってくれた事が嬉しくて春香の顔がパァーッと輝く。
「何? 何が良いの?」
「オートフォーカスのカメラ」
デートの時に写真を撮っていたが、いつも使い捨てのカメラだったのだ。
「うんっ‼ どんなのが良いか調べておくね」
プレゼントをする側の春香の楽しそうな顔が嬉しくて、雄太は絶対リーディング一位を獲ると気合いを入れた。




