297話
「眠くない? 大丈夫か?」
「大丈夫だよ?」
家に戻り、夕飯の支度をしている春香の横に立ち、雄太は何度も訊ねた。
「睡眠不足になるかもだしさ……」
雄太の心配も分かる。二時間は後少し寝られたらと思うには十分な時間ではある。
自分は慣れているが、春香にはつらいのではないかと気になって仕方がない。
「じゃあ、今日も雄太くんと同じ時間に寝るね。そしたら、睡眠不足って心配しなくて大丈夫でしょ? それに一緒にお昼寝したじゃない」
雄太と一緒に家に戻った春香は、雄太が風呂に入っている間にオカズ煮込み用炊飯器に夕飯の材料を入れタイマーにして雄太と一緒に昼寝をした。
元々、昼寝の習慣がない春香だったが、雄太と手を繋いでベッドに横になっているだけでも十分癒されたし、目を閉じているだけでも体が休まった気がしていた。
「そんなに心配しないで。その内、雄太くんの生活リズムに体が慣れると思うから。本当に眠い時はお昼寝するし」
「そうか? 本当、遠慮しないで昼寝しろよ?」
「うん」
心配しまくる雄太を直樹とダブらせてしまった春香はきんぴらゴボウを味見しながら小さく笑った。
(雄太くんもお父さんと一緒で心配症なんだから。そんなに私って頼りなく思えるのかなぁ〜?)
かなり無鉄砲な所がある事を自覚していない春香を心配する人達が増えて行くのは仕方がなかった。
✤✤✤
「こんにちは」
「春香さん。いらっしゃい」
春香は一人で鷹羽家を訪れていた。昼過ぎなので慎一郎は居ない。勿論、雄太もまだ仕事中だ。
「用って何だったの?」
「はい。きんぴらゴボウ持って来たんです。昨日、雄太くんがお義母さんのきんぴらゴボウ好きだって教えてくれたので。それで、お義母さんに鷹羽家のきんぴらゴボウの味付けを教えてもらおうと思ったんです」
「あらあら。そうなのね」
理保は、進んで婚家の味を覚えようとする春香が可愛く思えた。朝に電話があった時は何かあったのかと心配したが、こんな訪問理由ならば嬉しいと思った。
お茶を淹れた理保は箸と小皿を出して、春香のきんぴらゴボウの味見をした。
「あら、良い味付けね。これは里美さんに教わったの?」
「実家近くの料理屋さんに教わりました。父もきんぴらゴボウが大好きなので」
「そうなのね。うん。うちのはね……」
春香はせっせとメモを取り、雄太の体重管理について理保にアドバイスをもらうと鷹羽家を後にした。
入れ替わりのように慎一郎が戻って来てテーブルの上に置いてある皿のきんぴらゴボウを見付けた。
「ん? このきんぴらゴボウは理保の作った物じゃないな?」
「あら、分かります?」
「ああ。人参が入っとらん」
普段、亭主関白で料理をちゃんと見ているとは思っていなかった理保は慎一郎がちゃんと覚えている事が嬉しかった。
「それは、春香さんが作った物ですよ。うちの味を覚えたいからと持って来た物の残りです」
「ほう。理保の味付けをか」
慎一郎はラップを開け、つまみ食いをしてみた。
「うむ……。これは、料理屋とかで出てくるヤツの味付けだな」
「もう。お箸で食べてくださいな」
理保は手で摘んでいる慎一郎に箸を出した。慎一郎は箸を手にすると、もう一口食べる。
「ご近所の料理屋さんに教えてもらった物だそうですよ。十分美味しいのだから、うちの味付けを覚えなくてもって言ったんですけど覚えたいって」
「今時、婚家の味付けを覚えたいとはなぁ〜」
「ええ。雄太も春香さんの料理は美味しいと言っていたんですよ。だから、私が教える事はないと思ってたんですけどね」
理保は嬉しそうに笑った。人懐っこい笑顔で『お義母さん』と呼び、自分の作る料理の味付けを知りたいと訪ねて来られて嫌な気持ちになる訳もない。
「理保。一本つけてくれ」
「はいはい。あ、一人で全部食べないでくださいよ? 私の分も残しておいてくださいね」
「ん? ああ」
慎一郎は日本酒をチビチビやりながら春香のきんぴらゴボウを味わった。




