29話
(鷹羽さんって、本当に真面目で真っ直ぐな人なんだな……)
春香はそう思いながら車椅子のハンドルに手をかけた。
コツン
何かが足に当たり、春香は視線を下げた。
(あれ? 紙袋だ……。何か買い物してらしたのね。当たらないように気を付けなきゃ)
「分かりました。じゃあ、今日の施術しましょう。ね?」
春香がニッコリ笑いながら言うと、雄太は振り向きながら
「はい。お願いします」
と言った。
VIPルームに入り春香はストッパーを外しドアを閉めると、車椅子を施術台に近付けてブレーキをかけた。
「昨夜はしっかり休めました? 痛みは大丈夫でしたか?」
春香は車椅子の前に回り込みながら訊ねる。
「はい。大丈夫でしたし、ちゃんと寝られました」
雄太の返答に春香はホッとした。
「良かった。かなり痛そうでしたし、大丈夫かなって思ってたんです」
(顔色も良いし、声に張りもある。何より笑ってくれてる。ちゃんと効果あって良かったな)
そして、ふと気付く。
「あ……施術台に移れます?」
昨夜は鈴掛が抱き上げて移動させてくれたが、今日の付き添いの梅野は一般ブースでマッサージを受ける為に行ってしまい 、VIPルームには居ない。
「あ、大丈夫ですよ?」
雄太は、そう言って一人で立とうとするが無理はさせたくない。
「私に掴まってください」
スッと春香が体を雄太に寄せると、立とうとしていた雄太がガタンと音を立てて車椅子に腰を落とした。
「鷹羽さんっ⁉ 大丈夫ですか?」
「だ……大丈夫……です……」
驚いた春香が訊くと、雄太は苦笑いを浮かべながら答えた。
(ヤ……ヤバいだろ……っ⁉ 掴まるって…… 女の人に……)
人生で一番じゃないかと思うぐらいに、雄太の心臓はバクバクとしていた。
雄太は深呼吸をして車椅子から片足で立ち上がり、施術台の肘掛けを持つと両手で体を持ち上げ、座面に腰掛けた。
春香は万が一を考えて受け止められる体勢を取っていたが、無事に雄太が施術台に座れたのを見て安心し、ホッと息を吐いた。
「腕の力、凄いんですね。自分の体を持ち上げられるなんて」
「騎手は、腕で一馬力を御しますから」
目を丸くして言う春香に冷静を装って言うが、内心は
(女の人に掴まるって抱き付くのと一緒じゃないかぁ……。そんな事、出来る訳ないだろぉ……)
とクラクラと目眩がする程に焦っていた。




