295話
「ん……」
春香は目を覚まし、隣で眠る雄太の顔をジッと見詰めた。
(雄太くん……。私の旦那様の雄太くん……)
泊まりに来てくれた時と同じように胸元に顔を寄せて雄太の温もりを感じる。
(私、幸せだな。お父さんとお母さんの娘になれて……。こんな優しくて格好良い旦那様が居て)
丸坊主の少年だったのに、いつの間にか青年の顔を見せるようになった雄太。優しい手も力強い腕も、痩せてはいるがしっかりと筋肉のある胸も、決して性格が良いとは言えない自分を包み込んでくれて優しい気持ちにしてくれるのが最高に幸せだと思える。
春香は雄太の瞼がピクピクと動いている事に気付いた。
「寝た振り下手だね」
「あ、バレた。キスしてくれるかなって期待してたのに」
春香が言うと雄太は目を開けて春香をギュッと抱き締めた。
冬の朝、夏よりは調教の時間は遅いが雄太はしっかり体を目覚めさせたいからと四時には起きる事にしていた。
タイマーで暖房が点いていたリビングで軽くストレッチをする。
(春香にマッサージしてもらった後は、やっぱり体が軽いな。関節の伸びが良い)
コーヒーの香りがして来てスゥ~と息を吸い込む。春香が小さな炊飯器を開けるとコンソメの香りがした。
「コンソメの匂い? てか、その小さい炊飯器ってご飯じゃないのか?」
「うん。こっちはオカズ用の炊飯器なの。寒いから温かいのが良いかと思って、ポトフをタイマーで煮てたんだぁ〜」
雄太が近付いて中を覗くとキャベツや玉葱等がホカホカと湯気を上げるコンソメスープの中に浸っていた。
「炊飯器って飯を炊くだけじゃないんだな」
「うん」
春香は小さなお玉で少しスープを掬い小皿に注ぐ。
「はい。味見してみて」
「ああ」
雄太はフーっと息を吹き掛けてクイッと飲み干した。野菜の甘みとコンソメの旨味が合わさった温かなスープが染み渡る気がした。
「美味い」
「良かった。体が温まるように、冬の朝は温野菜にするね」
「ありがとうな」
昨夜、雄太の体重を気にして野菜中心にはなるが、肉も食べるならと工夫するのが楽しいと笑っていた。
実際、リビングに置いてある小さな本棚には『低カロリー食』『高タンパク低カロリーレシピ』『楽しむダイエットレシピ』等と言うレシピ本が並んでいる。
雄太が本の中を見たのは、調整ルームに入る日の朝。春香が来る前に荷物を運び入れていた時だった。
(春香もそれなりに荷物運び込んでるんだな)
家電やベッド等は引越し業者に頼むと言っていたが、細々した物は運び込んでいた。その時、持って来たのだろう。
前から春香の寝室に置いてあって、はみ出していた付箋が気にはなっていた。
(どんな料理が書いてあるんだろ?)
何となく手に取った雄太はその本の発売日が付き合うより前の日付けである事に気付いた。
付箋のある箇所を開くと『鷹羽さんに食べてもらいたいナンバーワンレシピ』『お弁当向きにアレンジ可』等と書いてあった。
(え? 鷹羽さん……? もしかして……付き合う前から……)
春香が言っていた『ずっと好きだった』が、レシピ本にも表れていて、雄太は感動していたのだった。
それを証明するかのようにテーブルの上にはポトフや鶏のササミ等、高タンパク低カロリーな料理が並んでいた。
「朝のメニューって、こんな感じで良い? 気付いた事があったら言ってね?」
ニコニコと笑う春香を思いっきり抱き締めた。
「え? え? どうしたの?」
「ありがとうな、春香。俺、春香と結婚して良かった」
「朝ご飯作っただけだけど?」
苦笑いしながら春香も雄太の体に腕を回した。
「それが嬉しいんだって。斤量の事を考えてくれてるし、朝早くからこれだけ準備してくれて感謝だよ」
「うん。明日も頑張るね」
雄太は新妻の手料理を堪能し、ウキウキしながら早朝のトレセンへ出勤して行った。
(朝ご飯第一弾は喜んでもらえたぁ〜。嬉しいな。昼間、時間のある時にメニュー考えなきゃね)
洗い物をしながら春香は顔が緩むのが止められなかった。泊まりに来てもらっている時と違って、これからは毎日なのだと思うと頑張らねばと気合いが入ったのだった。




