294話
「き……緊張したぁ……。心臓が口から飛び出ちゃうかと思ったぁ……」
役所を出てから少しすると春香は大きく息を吐いた後、小さな声で呟いた。
「お疲れ様。上手く話せてたぞ」
雄太はニコニコと笑いながら運転をしている。
「ちゃんとしないと雄太くんに恥をかかせちゃうもん。頑張ったよ、私」
どんな事でも、雄太の為なら頑張れるのだと春香は当たり前のように言う。
(ありがたいよな。しっかり支えてくれながら、俺を立ててくれるんだから)
雄太達は一度家に寄り、慎一郎と理保に渡したいと買っていた物を車に積み込み鷹羽の家に向かった。
本来なら明日渡す予定をしていたのたが、婚姻届を出した後、家に来るように言われた時に車に積むのを忘れていたのだった。
「ただいま」
「こんにちは」
慎一郎も理保も満面の笑みで二人を迎えた。もう家族なのだからと客間ではなくダイニングでテーブルを囲んだ。
「無事、入籍済んだよ」
「お義父さん、お義母さん。まだまだ分からない事も多く御迷惑をかける事もあると思いますが、宜しくお願いします」
雄太達を見て理保はうっすらと涙を浮べ、慎一郎は何とも言えない表情をしていた。
「あの……だな、春香さん。もう一度言ってもらえるだろうか?」
「はい? あ、お義父さん」
慎一郎が何を言いたいのか察した春香は笑いながら言う。ホゥと息を吐いた慎一郎は理保を見た。
「あぁ……。娘って良いもんだな、なぁ理保」
「そうですね、お父さん」
「あのさ……。父さんも母さんも俺の事、目に入ってる?」
呆れたように言った雄太をチラリと見た慎一郎は
「何だ、雄太。お前居たのか」
と、シレッと言った。
「何気に扱いが酷いんだけど……」
ガックリと肩を落とす雄太の姿に春香はクスクスと笑った。
雄太は慎一郎と理保に手土産を渡した。
「これは、父さんに。こっちは母さんに」
「まぁまぁ。ありがとう、雄太。ありがとう春香さん」
「おぉ。ありがとうな。開けても良いか?」
雄太と春香が頷くと慎一郎と理保は包装紙を取り箱を開けた。
慎一郎には硝子製の冷酒用徳利と猪口。理保には淡いクリーム色のアンゴラのセーター。
「お義母さんは淡い色の服が好みだと雄太くんが教えてくれたんです。軽くて暖かいのを選びました。お義父さんは日本酒がお好きだと伺ったので。この穴に氷を入れると、お酒が薄まらずに冷やせるんです」
「おぉ、そうか。うん、この猪口も良いな」
慎一郎は水色の硝子の猪口を照明にかざして眺めていた。理保は、慎一郎の斜向かいでセーターを手にして黙って俯いていた。
「お義母さん、どうかされました?」
顔を上げた理保は涙ぐんでいた。
「あら、ごめんなさい。嬉しくて……。ありがとう、春香さん。大切に着るわね」
「はい」
理保はエプロンの裾で涙を拭い、春香に微笑んだ。
(父さんと母さんと春香が上手くいきそうなのは良いんだけど、俺マジで放っておかれてないか?)
苦笑いを浮べた雄太は、さっそく徳利と猪口を洗ってもらい冷酒を呑む気満々の慎一郎と、理保のエプロンを借りて並んで台所に立っている春香と理保を見て心が温かくなった。
四人でテーブルを囲みしゃぶしゃぶを食べ、慎一郎は春香に酌をしてもらい御満悦で呑み過ぎたのかいつもより早く休みに自室へ向かった。
明日も朝が早いと言う事で、雄太達も早目に自宅に戻った。
「電気消すぞ」
「うん」
本当なら別々に寝るはずだったが、新婚初夜なのだしと夫婦の寝室で一緒に寝る事にした。
並んでベッドに横たわると春香が雄太の顔をジッと見た。
「お義父さんが、最初厳しかったのって雄太くんの事を思えばこそだったんだなって改めて思っちゃった。雄太くんは本当に愛されて育ったんだね」
強固な反対姿勢は重過ぎるとも思える愛情だと雄太も感じていた。ただ、実の親子故に素直になれなかった。
「俺、子供への愛情は重くなり過ぎないようにするよ」
「うん」
雄太はギュッと春香を抱き締めた。これからは毎日が春香と一緒だと思うと幸せな気持ちでいっぱいの雄太だった。




