293話
役所に近付く少し前から雄太は唖然としていた。
「……一体どれだけのマスコミが来てるんだ……?」
役所の近くの空き地には、職員らしき人物に誘導された車が入って行き、大荷物を持った人やカメラを抱えた人達やリポーターらしき人達が役所の方へと向かっていた。
職員達は役所前にも居て、歩道にはみ出た人や役所を利用する人を誘導する等でごった返していた。
「ゆ……雄太くん。私達、凄く……すごぉ〜〜〜〜〜く迷惑かけちゃってないっ⁉」
さすがに春香も冷静ではいられないようで目を大きく見開いていた。
「だな……。本当、何なんだよぉ……」
(とりあえず……役所の方々に謝らなきゃな……)
雄太は、役所の敷地手前で車を停め職員の人に声をかけた。
「えっと……何かすみません。鷹羽です」
「あ……鷹羽さん。お待ちしておりました。こちらにどうぞ」
職員は玄関に近い開いたスペースを手で示し、カラーコーンが置いてあるのを避けてくれた。
「ありがとうございます」
雄太が礼を言うと年配の職員はニッコリと笑った。
雄太が車を停めて二人が降りると、それだけでシャッター音が響く。
「鷹羽さん。ご結婚おめでとうございます」
大勢が声をかけて来る中、雄太は春香に近寄り背中に手を回した。
「まだですよ? まだ届けは出してませんし」
雄太が笑いながら答えると笑いが起こった。隣にいる春香がふんわりとした笑顔を見せた。
「他のご利用者様方の御迷惑にならないようにしてくださいね? 宜しくお願い致します」
強く言うのではなく、あくまでお願いといった感じで言われるとマスコミの連中は通路や一般利用者の邪魔にならないか周囲に注意を払うようになった。
(本当、度胸があるんだかないんだか)
先程まで緊張してドキドキしていると言っていた春香が大御所の芸能人のように見えて、雄太は内心笑いが込み上げていた。
二人が揃って役所に入るとパチパチと拍手が湧き、隅の方には花束が置かれていた。
(皆、浮かれ過ぎだろぉ……)
役所内は狭いのと一般利用者の邪魔になるからと各社カメラマンだけが入っている。インタビューまで中ですると収拾が付かなくなるからだ。
窓口に婚姻届を置くとシャッター音が響く。職員が受け取り記入項目のチェックをし受領するとまたシャッター音が響いた。
春香の転入等の提出書類を出している時は、カメラマンに少し離れてもらった。
「すみません。妻はあくまで一般人ですので、ここの撮影は遠慮してください。後で撮影の時間を取りますので」
雄太がそう言うとカメラマン達は少し離れた。恐らく『ヘソを曲げられてインタビューを拒否されたら上から怒られる』と言った処だろう。
春香の手続きが終わると、雄太は女性職員から花束を手渡された。
「ご結婚おめでとうございます。これからの御活躍を御祈り致します」
「ありがとうございます」
雄太が礼を言って受け取るとまたシャッター音が響く。一瞬考えて雄太は春香に花束を差し出した。
「え?」
「こう言うのは野郎が持つより女性が持った方が映えるだろ? てか、小っ恥ずかしいんだよ……」
少し照れたような雄太に春香はニッコリと笑い花束を受け取った。
「すみません。こちらで写真お願いします」
「あ、奥様。婚約指輪を見えるようにお願いします」
役所の花が飾ってある所で写真撮影をして、二人は並んで外に出た。
それも、カメラマンが先に出て、撮影のタイミングを見計らって……である。
「今度こそ、ご結婚おめでとうございます」
「ありがとうございます。無事、婚姻届を提出出来ました。この状況に驚いて『結婚するのをやめる』と言われなくて良かったです」
記者やカメラマンだけでなく、周囲の人々からも笑いが起きた。
いくつかの質問に答えた後、雄太はキリッとした顔で話した。
「今日、無事に入籍を済ませ、妻を迎える事が出来ました。これから今まで以上に頑張って行きたいと思います。応援宜しくお願いします」
揃って頭を下げ、二人は大混雑の役所を後にした。




