第12章 新生活と新たな繋がり 291話
11月28日(月曜日)
新居で目を覚ました雄太と春香は、今日入籍をし夫婦になるんだと思うと胸に込み上げる物がありそっと抱き合った。
軽く朝食を食べて、役所に持って行く物を再度チェックしていると電話が鳴った。
「え? 誰だろ?」
ここの電話番号を知っている人間はまだ少ない。双方の両親や雄太の関係者しか知らないのだ。
電話の近くに居た雄太が子機を手に取り通話ボタンを押した。
「もしもし」
『雄太か』
「父さん。何かあった?」
電話をかけて来たのは慎一郎だった。
『あのな、マスコミの連中がお前の入籍の場面を撮影したいんだと。でな、何時に役所に行くのかと訊かれてな』
「は? 俺の入籍は見世物かよぉ……」
雄太にしてみれば、春香との交際で追いかけ回された時の事を思うと良い印象はない。しかも、自分は騎手であり芸能人ではないのだと言う思いがあるのだが、世間はそう思ってはいないのだと言う事にモヤモヤした気持ちがあった。
『断ったんだが、競馬新聞関係の取材陣も来ててな。どうしてもって言うんだ。今、家の前で待ってもらってる』
「ちょっと待っててくれ。春香と相談してからかけ直すよ」
『分かった』
雄太はどうした物かと春香の方を見た。提出書類の入った大きな封筒をテーブルに置いて春香は雄太を見ていた。
雄太が慎一郎の言った事を話すと、春香は右手の人差し指を口元に当てて少し考えていた。
「待合のテレビで見た事があるけど、私があのシーンを体験する事になるんだぁ〜。婚約発表記者会見も経験したけど」
嫌がるかと思っていた雄太は思いの外にこやかな春香に少し驚いた。
「大丈夫。私だって鷹羽雄太の妻になるって事でこう言うシーンでどうあるべきかは何度もシュミレーションしたから」
「ごめんな。何か大事になって」
「ううん」
雄太は実家に電話をかけ取材を受ける事と時間を伝えた。
「役所の方にも取材許可もらってくれてるのか、ちゃんと確認しておいてくれるか? 役所から苦情とかもらいたくないし」
『そこは任せておけ』
雄太は電話を切るとハァと小さく溜め息を吐いた。
婚約発表はしたが入籍の日付けは記者会見の時には決まっていなかった。どのマスコミも婚約発表の直ぐ後に入籍とは想像しなかっただろう。
(俺の発言が原因……なんだよなぁ……)
雄太は大勢のマスコミに囲まれ、『なぜ十九歳での結婚を決めたのか』『婚約者が妊娠しているのでは?』の質問に
「結婚の早い遅いは人それぞれではないですか? 彼女が妊娠したから結婚を決めた訳ではありません。G1を獲ったらと俺が決めてプロポーズをして、お互いの意見と双方の親が納得して結婚が決まりました。入籍は28日にしますが、結婚式は先になります」
と、答えたのだ。
『妊娠しなかったら結婚しなかったんだろう?』みたいな訊き方をされて、カチンと来たと言うのが正直な処だった。つい自分から入籍日を話してしまったのだから仕方ない。
(土下座した春香の事を言えないよな。俺もまだまだ子供だな)
慎一郎と理保は孫を望んでいるが、雄太と春香はしばらく子供を作らない方が良いのではと話し合った。
デキ婚を否定する訳ではないが、雄太が『結婚前に妊娠をさせた』と言われる事を春香が『絶対に嫌だ』と言ったからだ。
「雄太くんが誤解されて欲しくないの。せっかくお義父さんも許してくださった結婚なんだから」
薄っすらと涙を浮べながら春香は言った。
子供を焦る歳でもないのだから少なくとも三ヶ月から四ヶ月は避妊しようと二人で決めた。
「雄太くん。マスコミの方達が来てらっしゃるなら着替えた方が良くない?」
「あ……そうだな」
役所で婚姻届を出し、その後買い物に行く予定だったので二人共ラフな格好をしていたのだ。
(マスコミはそっとしておいてくれないんだなぁ……。そんなに俺の言動が気になるか?)
自分が頑張れば頑張る程、面倒な事が増えるんだと改めて思った雄太だった。




