28話
ピピピッとアラームが鳴り、春香は読んでいた本から顔を上げる。
雄太が来店する一時間前には準備は終えていた。
(時間余っちゃった……。本でも読んでいようっと)
と新しく買った整体の本を読むのに没頭していた。
アラームを止め、もう一度室内を見渡し、準備に抜かりがないか確認をする。
(よし。大丈夫)
気合いを入れて待ち合いに続くドアを開けると、正面の自動ドアが開き見慣れた顔が見えた。
(あ、梅野さん)
梅野は、雄太の座った車椅子を押していた。
(鷹羽さん、今日は梅野さんと一緒だったんだ)
梅野が入店すると女性客から歓声が上がり女性従業員も色めき立つ。
(相変わらず梅野さんは人気あるなぁ……)
そう思いながら、春香は雄太の車椅子が入室しやすいようにドアを全開にしストッパーを掛け、待ち合いに向かった。
春香に気付いた梅野が軽く手を挙げ、雄太が春香の方を向いて
「こんにちは」
と声をかけた。
春香は二人に頭を下げた。
「いらっしゃいませ。鷹羽さん。梅野さん」
梅野は財布からゴールドのラインが入ったカードを取り出し、受付をしている里美に手渡す。
「梅野さん、今日は一般なんですね」
春香がそう言うと、梅野はニッコリと笑う。
「そう。毎回市村さんを指名するのは、俺にはまだハードル高いしねぇ~」
「私を指名しないのは良い事ですよ?」
春香を指名するのは 余程の事だが、過去に何度か梅野は春香を指名していた。
ここ最近は大きな怪我もなく、たまに全身集中揉み解しを受けているだけだった。
「確かにぃ~。じゃあ、可愛い後輩をよろしくねぇ~」
そう言うと、梅野は手を振りながら男性専用ブースへと歩いて行った。
「じゃあ、鷹羽さん。行きましょうか」
春香が声を掛けると、雄太は困ったような顔で春香を見上げた。
「どうかしました?」
「俺、カード持ってない……。それに、今思い出したら、今朝電話した時にID言うの忘れてた……」
春香の問いに、雄太は小さな声で答えた。
「鷹羽さんのカードは、会計の時にお渡ししますね。IDは鷹羽さんの施術担当の私がお電話を受けたので大丈夫ですよ。色々と説明不足でしたね。すみません」
春香がそう言って頭を下げると、雄太は慌てて手を左右に振った。
「すみません。そうじゃなくて。市村さんが悪い訳じゃないです。謝らないでください」




