284話
木曜日
新居を訪れた春香はカーテンのサイズを計り、必要な物のチェックをしてメモを取っていた。
(えっと……これだけで良いかな? お義父さん、パパッと借りてくださってハウスクリーニングもお願いしてくださったんだし、何かお礼したいなぁ……)
そうは思うものの、慎一郎とどう接して良いか悩む処であった。
(お酒でも持って行ってみようかな……? けど、一人で行くのは、まだちょっと……)
悩みながらも早く入居準備を済ませたいと、ホームセンターに行き、カーテンや照明器具と脚立、他に必要な物を買って新居に戻ると夕方前までにとカーテンを取り付けた。
(うん、良い感じ)
まだ電気や水道などの使用の届けは出来ていない。だから、そんなに長居は出来ないなぁ〜と思っていると外から声がした。
「春香ぁ〜」
(雄太くんだ)
春香は玄関へ向かうと鍵を開けドアを開けた。
「雄太くん、お疲れ様」
「ああ。もしかして春香来てるかなって思って寄ってみたんだ。無理してないか?」
雄太は靴を脱いで家に上がると春香の肩を抱いてキスをする。
「大丈夫。今日は一日お休みだし。あ、玄関チャイムの電池入れて欲しいんだぁ〜」
春香は玄関の天井の方を指さした。
「脚立使ってって思ったんたけど、ちょっと高いから悩んでたの」
「脚立?」
「うん。カーテン付けたりとか照明器具付けたりとかで要るから買ったの。ほら、照明器具はさすがに買わないと駄目だしね」
春香は入籍日前日まで自宅で暮らす。まだ、残っている予約もあるし、直樹達と親子で居たいとの思いもあった。
春香の自宅の照明器具は一部は取り外しが出来ない物もあると言うのも理由の一つだ。
雄太は脚立に乗り電池をセットし、そのままリビングの方へ向かった。
「本当だ。カーテンも照明も付いてる」
「まだ電気は来てないから点かないけどね」
「だな。お疲れ様、春香」
「うん」
そうこうしている内に日が暮れて薄暗くなり、雄太は電気や電話の等の開栓開通手続きの書類を手に寮に戻り、春香は自宅に戻った。
寮に戻った雄太は各種申込みのチェックをしていた。
(色々手続きあるんだなぁ……。明日は調整ルーム入らないと駄目だし、動けるのは月曜日か……)
コンコンとノックする音がして、返事をすると鈴掛達が梅野の淹れたコーヒーカップを手に入って来た。
「ん? ああ、書類のチェックか」
「色々あるんですね。俺の知らない事だらけです」
「そりゃそうさ。親がやってくれてたり、寮みたいに管理者がやっててくれたもあるしな。とりあえず電話は早くした方が良いぞ? 工事が混んでたら電話なし生活になるし」
春香の自宅は電話があるが、移設になると雄太と電話連絡が取れなくなるので新設する事にしたのだ。
(ん……。電話ないと困る事もあるだろうし……。電話の申込みは明日、母さんに頼もうかな……)
「今日、市村さん来てたのかぁ〜?」
梅野がニッコリと笑いながら訊ねると雄太は頷いた。
「今使わない物とかから運び込んでるんです。夏物とか。まぁ、春香が自分で持って来るので一番大変なのは競馬新聞なんですけどね」
「競馬新聞? 何で?」
純也はコーヒーカップを抱えながらな訊ねた。
「春香、俺がレース出てる競馬新聞を保存してるんだよ」
「え? マジ……?」
「どんだけあるんだよ……」
「さすが市村さんだぁ〜」
クローゼットに大切そうにしまってあった競馬新聞。雄太の名前に花丸が付けてあったのを思い出すと心がポカポカとする。
「雄太さ、重賞獲ったら市村さんにサインしてんだろ? 何で?」
「ああ、春香のヤキモチからなんだよ」
純也に訊かれ、雄太は苦笑いを浮かべる。
「ヤキモチ?」
「そう。俺がさ、競馬場でファンの女の子にサインするだろ? だからさ、自分にはちゃんと宛名書いてある特別なサインが欲しいんだってさ」
雄太の説明を聞き、春香のヤキモチ焼きな一面に皆は可愛いなと微笑ましく思った。




