282話
しっかり寿司を食べ、日本酒を呑んだ鈴掛は帰り支度をしながら、視線を『Staff only』と書いてあるドアに向けた。
(そう言えば春香ちゃん、何をしに行ったんだ? 待っててくださいって言ってたけど……)
鈴掛達が来てからも何かと動き回っていた春香を心配していた。
(昨日なんて精神的にも疲れただろうに……)
初めて祝勝会と言う物に出席をし、大勢の前で土下座までして、婚約発表記者会見までしたのだから。
そこに白いビニール袋を三つ下げた春香が戻って来た。
「いただいたオードブルをパック詰めしておきました。早目に食べてくださいね?」
「良いのか? 寿司も食わせてもらったのに」
「本当、食べ切れないんです。塩崎さんの大好きなローストビーフも入ってますよ」
「サンキューっす」
純也は嬉しそうにビニール袋を受け取ると車を正面出入り口を回す為に外へ出た。
「こんなにたくさんもらっても本当に良いんですか?」
鈴掛はカウンターの中で話している直樹と里美に訊ねた。
「良いって。もらった本人の春がお裾分けしたいって言ってるんだし」
「幸せのお裾分けよ。まだ増えそうだし遠慮しないで」
直樹と里美はそう言ってニコニコしている。
長椅子の上には、熨斗紙を取り包装紙を開け中身を確認した箱がたくさん重ねて置いてある。
「寮の皆さんにも分けてあげてください。食堂のパートの皆さんで、お子さんがいらっしゃる方にはお菓子類とか良いかと」
春香はそう言って、焼き菓子のギフトセットの箱をいくつか重ねて置いた。いくら日持ちのするような物であっても食べ切れない可能性がありそうなぐらいの量だからだろう。
「梅野さん、ワインどうぞ。鈴掛さんは日本酒が良いですよね」
「ありがとぉ〜」
「ありがとうな、春香ちゃん」
二人に酒類を渡した後、純也には封筒を差し出した。
「塩崎さんには、アイスのギフト券です」
「サンキューっす」
梅野と純也が車のトランクにいくつもの箱を積み込み、三人は何度も礼を述べて東雲を後にした。
「そう言えば帰りがけ市村さんと何を話してたんですかぁ〜?」
梅野が鈴掛に訊ねた。梅野達が荷物を積み込んでいる時、鈴掛が春香に小さな声で話していたのだ。
「ん? ああ。春香ちゃん、ご近所さんからのお祝い金を断ってたんだよ。それが気になったんだ」
「お祝い金を……ですかぁ〜?」
「何度かご近所さんが来てたろ? どの人からも熨斗袋を返してたんだ。でな、何でって訊いたら『たくさん可愛がってもらったからです。私からの恩返しだと思ってくださいって言って、お気持ちだけいただいたんです。このお金でご近所のお店で美味しい物を食べてくださいって』って言ってた」
信号で車を停めた純也が
「市村さんって、本当に金に執着心ないんすね」
と、呟いた。
その言葉に梅野は頷いていた。
「俺が怪我して施術してもらった後、寮に送ってもらった御礼を受け取らなかったもんなぁ〜。タクシーなら結構な金額になるんだからって言っても駄目でさぁ〜。結局、自販機のジュース一本だけ受け取ってくれたんだぜぇ〜」
「ジュース一本って。市村さんらしいっすね」
車を発進させながら、純也は春香が言っていた言葉を思い出す。
『お金より大切な物があるんです』
(市村さんは、本当揺るがないんだなぁ〜。雄太も金持ちだけど、そんな素振りなかったからな。やっぱり似てる部分あるんだよな)
慎一郎が一流の騎手だったから雄太は裕福な家庭の子であった。それなのに、雄太はそれを鼻にかける事もなかったし、純也の父親が体を壊し貧乏暮らしになった事を蔑むでもなく変わらずに付き合ってくれていた。
(俺より収入があるのに、市村さんがファミレス好きだって雄太が言ってたよなぁ〜。雄太も肩肘張らずに行けるファミレスが良かったって言ってたし。本当、お似合いだよな)
寮に着いた三人がサンタ気分でお裾分けを配っていた処に雄太が戻って来て、一緒にお裾分け配りをする事になった。




