281話
直樹と重幸の攻防戦を鈴掛達は唖然としながら眺めていた。
「春香ちゃん。あの男性は……?」
「え? ああ、……あ、ちょっと待っててくださいね」
春香が説明しようとした時、来客があり春香は出入り口へと向かった。
「ありがとうございます」
(ん? 春香ちゃん……。何でだ?)
対応している春香をジッと見ていた鈴掛に重幸が声をかけた。
「君、鈴掛騎手だよねぇ? 俺、君のファンなんだよ。握手してもらっても良いかい?」
「あ、はい。喜んで」
鈴掛は手をオシボリで拭うと重幸に近寄り握手をした。
春香は来客の対応を終えて振り返った。
「重幸おじさんって、鈴掛さんのファンだったの?」
「そうなんだよ。真面目にコツコツって感じが良いんだよ。派手さはないけど堅実って処が良いんだ」
「ありがとうございます」
鈴掛は本当にファンとしてしっかり見ていてくれるのだと思い、礼を述べて長椅子に戻った。
「重幸……おじさん……?」
純也が訊ねると春香はニッコリと笑った。
「はい、東雲病院で副医院長をしてらっしゃるんですよ。お父さんのお兄さんです」
「直樹先生の……お兄さん……」
純也が直樹と重幸を交互に見ながら不思議そうな顔をする。
「何だ? 塩崎くんは俺と直樹が似てないとでも言いたいのか?」
「うへぇ〜。あれ? 俺の事分かるんすか?」
「当たり前だ」
重幸が得意気な顔をして頷いていた。
「塩崎くんは体がしなやかで騎乗姿勢が美しく、それでいて負けん気が強いのが良いな」
「あ……ありがとうございます」
純也はペコリと頭を下げた。
「梅野くんは……モテ過ぎだ」
「え? 俺だけ何か評価がぁ〜」
鈴掛と純也はゲラゲラと笑った。
「プライベートだし、サインもらおうか……? 否、プライベートだと駄目か……?」
重幸は顎に手を当てて悩みだした。プライベートと言えばプライベート。仕事は終わっているのだから。
「重幸おじさん、サインもらうなら色紙持って来ようか? 私、家に置いてあるし」
「ん? そうだな。鈴掛くん、サインお願い出来るか?」
重幸はゆっくりとお茶を飲んでる鈴掛に声をかけた。
「はい。喜んでさせていただきます」
鈴掛が頷き答えると重幸は嬉しそうに笑った。鈴掛の答えを聞いた春香は自宅まで色紙を取りに行った。
鈴掛にサインをもらった重幸はようやく病院へと戻って行った。
「面白い人だな。重幸さんって」
「俺は全然っ‼ 全くっ‼ 面白くないですぅ〜」
「梅野さんだけ褒めてもらってないっすよね」
鈴掛と純也はゲラゲラと笑い、梅野はガックリと肩を落としていた。
「あ、鈴掛さん。美味しい日本酒もらったんですよ。呑みません?」
重幸を見送った春香はようやく椅子に座ったかと思うと笑いながら言った。
「良いのか?」
「俺も呑みたいなぁ〜」
鈴掛だけでなく梅野も目を輝かせた。
「ちょっ‼ 二人が呑んだら俺が運転しなきゃなんなくなるじゃないっすかぁ〜っ⁉」
「当たり前だろ?」
「そりゃそうだろぉ〜」
「ヒデェー」
不平を漏らした純也に鈴掛と梅野は速攻で返した。
鈴掛と梅野が呑み始めると、純也が春香の方を見て疑問を投げかけた。
「何で市村さんの自宅に色紙置いてあるんすか?」
「え? あ、雄太くんにサインもらってるんです。重賞勝ったら……ですけど」
「恋人なのにすっか?」
「だって雄太くんのサイン欲しいんですもん」
純也の質問に答える春香を見て、日本酒をチビチビやっていた鈴掛と梅野はニマニマと笑う。
「宛名は何て書いてあんのぉ〜? 一番最初は『市村さんへ』だったのは想像出来るけどぉ〜」
「そりゃ『春香へ』じゃないっすか?」
「だろうな」
三人に視線を向けられると赤くなった春香は
「えっと……『大好きな春香へ』です」
と、答えた。
「はいはい。ご馳走様」
「ラブラブですねぇ〜」
「今日は何か暑いっすねぇ〜。11月なのに」
照れた春香に言ったものの、雄太がどんな顔をして書いているのかと思うと更に笑いが込み上げた三人だった。




