280話
雄太の祝勝会で婚約発表会見をした翌日、東雲マッサージ店は大変な事になっていた。
「今日も臨時休業にしてて正解だったな」
直樹はグルリと店内を見回して苦笑いを浮かべた。店内には花やリボンのかかった箱等が所狭しと置かれていた。
最初は14日だけ臨時休業で良いかと思ったのだが、春香に緊張による疲れや何かトラブルがあった時の為に両日を休みと決めていたのだった。
(まさか、婚約発表をして記者会見までして号外まで出るとは思わなかったがな)
店の扉には『14日15日臨時休業』と大きく貼り紙がしてあるのだが、ご近所方々からお祝いの花や品が届き、春香の顧客からの祝電が何度も届けられていた。
「これ、一番喜んでるのは近所の花屋じゃないか? あ〜。ギフトショップとかもか」
昼休みを利用して東雲マッサージを訪れていた重幸は唖然としながら寿司桶から寿司を摘んで食べていた。
休憩と言いながら、既に二時間は過ぎているが。
「重幸おじさん、お茶淹れて来たよ」
ドアを開けて店内に入って来た春香はお盆に乗せたお茶を重幸に差し出した。
「お、ありがとう。春香、疲れてないか? 少しは座ってろよ?」
「うん」
重幸が美味そうにお茶を飲んでいると、正面のドアが開き鈴掛達が入って来た。
「こんに……。な……何ですか……これ」
「花屋みたいですねぇ〜」
「スゲェ〜、花畑だ」
三人は驚いて店内を見回していた。
「鈴掛さん、梅野さん、塩崎さん。わざわざすみません」
春香が駆け寄ってペコリと頭を下げる。
「良いよ、春香ちゃん。で、急ぎの用って?」
「花のお裾分けかなぁ〜?」
三人は店内に入り、空いていた待合の長椅子に腰かけた。
「お花じゃなくて、食べ物のお裾分けなんです」
「食い物っ⁉」
純也が『食べ物』と言う言葉に食い付いた。そこに里美が大きな寿司桶を持って来てくれた。
「うお〜。里美先生、これ食べて良いんすか?」
「ええ。塩崎くん、どんどん食べて頂戴。食べ切れなくて捨てるって言うのは食べ物に申し訳ないじゃない?」
「うっす。豪華っすね」
寿司桶いっぱいに良いネタがビッシリと入っていた。里美はオシボリと小皿と醤油も持って来てテーブルに置いた。
「あ、私お茶淹れて来ますね」
春香はそう言うと給湯室へ向かった。
「いっただきまぁ〜す」
「いただきますぅ〜。お、雲丹美味っ‼ 鈴掛さんの好きな中トロありますよぉ〜」
「お前等なぁ……」
鈴掛は遠慮なく寿司を食べ始めた純也と梅野を見て苦笑いを浮かべる。
「鈴掛さんも食べてくださいね?」
お茶を淹れて戻って来た春香がニッコリと笑う。
「ありがとう。いただくよ」
鈴掛も摘んで口に運ぶ。
「お? これは良いネタだな」
「まだ火曜日ですし、しっかり食べても大丈夫ですよね?」
春香が笑いながら言うと溢れんばかりに乗ったイクラの軍艦を一口で食べた純也がコクコクと頷く。
「イクラも美味っ‼ 俺はいつでもオッケーっす」
「はい、知ってます」
四人の様子を見ていた重幸はハァと大きな溜め息を吐いた。
「何ですか、その溜め息は」
直樹が横目でチラリと見ながら言うと重幸は一口お茶を飲んだ。
「春香が嫁に行くんだと思ったら切ないなぁ……って思ったんだよ」
「はぁ……」
「まぁ、いつかはとは思ってたけどな。なぁ、春香」
ボソボソと直樹と話してた重幸が春香に声をかけた。
「はい?」
「バージンロードは勿論俺とだよな」
重幸のセリフを聞いた春香は目を丸くし、直樹はガタンと椅子から転げ落ちた。
「ちょっと‼ 冗談は顔だけにしてくれますかねっ‼」
立ち上がりながら直樹が抗議をすると、里美がやれやれといった風に肩をすくめた。
「何だよ。どうせ、お前号泣して、まともに歩けないだろ?」
「そう言う問題じゃないからっ‼ 春とバージンロードを歩くのは譲らないからっ‼」
キャンキャンと言い合う二人を見て春香は苦笑いを浮べた。




