278話
「アパート……なぁ……。雄太は入籍をしたら直ぐ一緒に住みたいのか? 家を建てるとか考えてないのか?」
「ちょっ‼ 家を建てるってどれだけの時間がかかるんだよっ⁉」
賃貸物件の入居でさえ時間がかかりそうなのに、家を建てるとなると一ヶ月では済まなくなる。
「そうだな。それなりの広さの土地を探して設計図を書いてもらって、良い建材を入手してもらって……一年ぐらいで建つだろ」
「い……い……一年っ⁉ 俺、一年も春香と別居なんて嫌だからなっ⁉」
焦る雄太を慎一郎と理保がジッと見詰めた。
「そんなに焦る理由があるのか? 雄太……まさかお前……」
「出来てないからっ‼」
慎一郎に反論したものの、自分の発言が『出来るような事をしてます発言だ』と思った雄太は一瞬『ヤバいっ‼』と思った。
「何だ。出来とらんのか。孫が出来たかと思ったのに」
予想に反して慎一郎のガッカリしたセリフに雄太がガックリと肩を落とす。
「勘弁してくれよぉ……。どこの世界にデキ婚を望む親が居るんだよぉ……」
「孫が出来たら嬉しいじゃないか。なぁ、理保」
「そうよね。おじいちゃんなんて言われたら、あなたメロメロになりそうね」
真顔で言う慎一郎とほのぼの言う理保に雄太の頬がピクピクとひきつる。
(ちょっと待てっ‼ 我が親ながら、何なんだっ⁉ 父さんって、こんな人だったかっ⁉)
「孫を連れて散歩とか良いな。馬を好きになるようにトレセンにも連れて行かなきゃな」
「あら、良いですねぇ〜」
出来てもいない孫の話で盛り上がる両親に脱力感がハンパなく襲って来る。
「まだだから……。出来てもないから……」
天皇賞春を走り切った後のようなグッタリした状態の雄太が答えると慎一郎はお茶を一気に飲み干した。
「とりあえず住む家だな。儂の心当たりを当たってみてやる」
「え? 良いのか?」
「任せろ。何年ここに住んでると思っている。じゃあ、行って来る」
「え? え? ちょっ‼ 父さんっ⁉ どこに……父さんってっ‼」
雄太の静止も聞かず、慎一郎はダイニングから出て行った。少しするとドアの開閉音が聞こえ車のエンジン音がした。
「何なんだよぉ……。あんなに春香と付き合ってる事を反対してたクセに……」
雄太はガックリとテーブルに突っ伏した。
「お父さん、春香さんが気に入ってたのよ」
「へ? いつから……?」
理保は慎一郎の置いて出た湯呑みを片付けながら話す。
「春香さんが、お父さんを庇って怪我をした時からよ。雄太だけでなくトレセンの人達を傷付けまいとしてた姿を見て言葉を聞いて、どれだけ自分が間違った判断をしていたのか悔やんでいたわ」
「え? その後だって父さんは……」
再び座った理保はお茶を一口飲んだ。
「お父さんは古い人だから、振り上げた拳の下ろし方を知らないのよ。周りの人達の手前って言うのもあったから。今回、春香さんには土下座させて恥をかかせてしまったけれど、馬主さんが居てくださったから許したって言う体裁が整ったって処でしょうね」
「何なんだよぉ……。本当に……」
グッタリとテーブルに突っ伏した雄太の頭を理保は優しく撫でた。
「素直になれないのよ。頑固親父だから。でも、孫が出来たら甘々爺ちゃんになるわよ、きっと」
「そんな気がしてるよ……。母さんも孫が出来たら嬉しいんだよな?」
「勿論よ。まだまだ先だと思っていたけど、一年ぐらい先には見られるかしら」
理保は嬉しそうに笑った。その後、雄太の顔をジッと見て
「本当に、まだなのよね?」
と、訊いた。
「まだだってっ‼ 俺、G1獲ったらプロポーズするって言ったろ? プロポーズしたばっかだし」
「そうよねぇ〜。待ち遠しいわ」
「きっと春香が聞いたら喜ぶよ。結婚だけでなく孫を待ち望んでもらえてるって知ったら泣くかも知れない」
「そう? ちゃんと伝えておいてね」
「ああ」
理保はニッコリと笑った。
しばらして雄太は寮に戻り、一日の疲れが出たのか、久し振りに目覚ましが鳴るまでグッスリと眠った。




