277話
その日の帰り道。
「ん〜。やっぱり大安とかの方が良いのかなぁ? 競馬に関わる人が大安とかにこだわるとか分からないんだけど、トレセンの周りって田舎だし」
「そうだね。一応、大安にする?」
車の運転をしながら雄太は結婚式の日取りを考えいた。直樹も慎一郎も『もう結納はしなくて良いだろう』と意見は一致したので、ならば結婚式の日取りをと言う話になっていた。
「結婚式するにしても、G1シリーズが終わってからか始まる前になるんだよな……。俺は一日でも早く春香と暮らしたいんだっ‼」
春香は坂野から手渡された二冊の暦を見ながらクスクスと笑った。
「笑うなよぉ〜。このまま春香を連れて帰りたいぐらいなんだぞ?」
「どこに? 雄太くんの居る寮は独身寮だよ?」
「うぅ〜」
家を出ると決めた後、寮に入った雄太はそのまま独身寮に居た事を後悔した。
(どこかマンションとか借りておけば良かったかな……。春香の家に行くのが心地良くて寮住まいにしてたもんな。俺、自炊とか出来そうになかったから、寮一択だったのも問題だった……)
春香の家で手伝いをするようになって、少しは家事が出来るようにはなったが声を大にして『家事が出来る』とは言えないレベルである。
「今日から一番近い大安の月曜日は?」
「え? えっと……一番近いのは28日だね。だけど、まさか28日に結婚式するの? さすがに無理だと思うよ?」
雄太の言葉に春香は焦った。雄太は小さく笑った。
「結婚式は無理なのは、さすがの俺も分かってるって。入籍だけでもしちゃわないか?」
「入籍だけ? 結婚式しないで別居するの?」
「……別居は嫌だ」
雄太が口を尖らせながら言う。
「ん〜。じゃあ、アパートとか借りる? 探してから契約して……多分、一ヶ月ぐらいはかかると思うけど……」
「そんなに? 俺、そう言う方面は世間知らずだな」
「えっと……とりあえず入籍の日取りをお父さんとお母さんに相談してみたら?」
なんだかんだと言いながらも、春香も雄太と暮らしたいと思ってはいた。だが、雄太が有名人であると思うからこそ、きちんとしなきゃと思っているのだ。
「そうだな。父さんと母さんに言ってみるよ。先に入籍だけして同居して、結婚式は良い時期にって」
「うん。早く一緒に暮らしたいね」
「ああ」
雄太は春香を自宅に送り、実家に寄った。慎一郎と理保はお茶を飲みながらのんびりしていた。
「おお、雄太。春香さんを送って来たのか」
「ああ。で、早速なんだけど、入籍だけして結婚式は後って駄目かな?」
雄太は座りながら話を始めた。理保は立ち上がり雄太の分のお茶を淹れた。
「ん? 結婚式は時期を見てでも良いだろ。入籍はいつしたいとかあるのか?」
「28日を考えてるんだけど」
「理保、28日って良い日か?」
理保はテーブルに湯呑みを置くとカレンダーを見た。
「大安ですね。良いんじゃないですか?」
「ほう。大安か。良いんじゃないか」
「え? 良いの?」
雄太はあっさり28日に入籍を認めた慎一郎達に驚いた。急ぎ過ぎだと反対されると思っていたからだ。
「28日に入籍をして……住む所はどうするんだ?」
「そこなんだよ。アパートでも一ヶ月近くかかるんだろ?」
「G1騎手がアパート……か?」
慎一郎が目を丸くしながら訊ねた。
「春香さんは何て言っていたの?」
「春香はトレセン近くが良いって」
「あら、あんな便利の良い所に住んでるのに?」
今度は理保が目を丸くした。春香の住んでいる草津の駅前と、栗東のトレセン近辺では利便性が段違いである。
「なぜ春香さんはトレセンの近くが良いの?」
「俺の通勤時間は短い方が良いからって」
「あら、優しいのね」
理保の目尻がますます下がって行く。
「買い物なんかが不便だろって言ったんだけど、車があるから大丈夫って言っててさ。俺だって、通勤に車があるからって言ったんだけどトレセンの近くでって」
理保も慎一郎もニコニコとしていて、こんな穏やかな日が来るとは思っていなかった雄太だった。




