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君と駆ける······  作者: 志賀 沙奈絵


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276話


 祝勝会と婚約発表を兼ねた会は時間を大幅に延長した。突発的に記者会見を挟んだのだから当たり前と言えば当たり前である。


「延長の使用料? 構わん、構わん。記者達にホテルの名前を書いてもらえる上に、写真もバッチリ載せてくれるように言ったからな。宣伝費と思えば延長料金なんて安いもんだ」


 心配顔をした春香に坂野はニコニコと笑いながら言った。


「ありがとうございます」


 深々と頭を下げる雄太の肩にポンと手を乗せる。


「今の儂はホテル経営者でも馬主でもなく、春香ちゃんに大勢いる父親のつもりだ。これからも春香ちゃんを大切にしてやってくれれば良い」

「はい」


 坂野は優しい笑顔を向けると馬主仲間達の元へと戻って言った。また、誰の馬に雄太を乗せるかと言う話をするのだろう。


(一人ぼっちで公園のベンチで寝起きしていた春香に、いつの間にか多くの父親が出来たんだな……)


 雄太は隣に立つ春香を見ると、初めての記者会見も終えてホッとしたような顔をしていた。


(本当に春香と結婚出来るんだな。しかも、父さんの許しを得られたんだ。春香にとって一番の気がかりだっただろうしな)

「では、皆様。ステージの方にご注目ください」


 梅野の声で皆がステージに目を向けた。


「あ、記者会見して一番大事な事を忘れる処だった」

「一番大事な事?」


 春香が雄太を見上げると雄太は頷き、春香の手を取ってステージに上がった。それを確認した梅野がニッコリと笑う。


「鷹羽雄太から、婚約者市村春香さんへの愛の誓いです」


 ステージの後ろのカーテンがサァーッと開けられると、ハート形に生けられたピンクの薔薇が現れた。


「うわぁ……可愛い……」


 係の人がマイクを雄太に手渡した。


「春香」


 薔薇を見ていた春香が雄太に向き直った。


「いつも俺を支えてくれてありがとう。負けて悔しい思いをした時は、春香から贈られた『次に繋がる順位』と言う言葉を胸に頑張って来られたんだ。この薔薇は百八本ある。春香なら意味分かるよな?」


 春香は小さく頷いた。


「これからも落馬の心配とか色々気苦労があると思う。妬かせて拗ねさせる事もあると思う。喧嘩する事もあるかも知れない。それでも、一緒に居て欲しい。俺が夢を叶える時に隣に居るのは春香じゃないと駄目だから」

「うん。雄太くんについて行きます。精一杯サポートします」


 ポロポロと涙を溢す春香を雄太はしっかりと抱き締めた。


「ピンクの薔薇には『愛の誓い』と言う意味もあります。そして、百八本には『結婚してください』と言う意味があります。鷹羽雄太より市村春香さんへ二度目のプロポーズです」


 大きな大きな拍手と歓声が会場を揺らした。


「ねぇ、直樹。今、凄く悔しいでしょ?」

「悔しいし、本当に侮ってたと思ってるよ。あの婚約指輪と言い、こんな演出まで用意するなんてな」


 直樹と里美はステージ上で最高の笑顔を浮かべる春香を見詰めていた。


(春は自分の背中にある大きな翼を知らずにいたんだ。その翼がどれだけの人を温めているのかも……。飛び立てる事も知らずにいたんだよな……。ああ〜っ‼ あの時、鈴掛さんの電話に出なけりゃ、こんなに早く春を手放す事にならなかったのにっ‼)


 八つ当たりではあるが直樹は離れた場所に居る鈴掛をジッと見た。直樹の視線に気付いた鈴掛はビクッと顔を引きつらせた。


「鈴掛さん。どうかしたんすか?」

「な……直樹先生が……メッチャ睨んでるんだが……」


 鈴掛は直樹の方から視線を逸らしながら純也に言った。純也がソッと直樹の方を見る。


「うわぁ……。射殺す勢いで見てるっすよ」

(俺、何かしたかっ⁉)




 春香に贈られた百八本の薔薇は『幸せのお裾分け』として希望する参加者に配られた。


 記者達は会見終了後各社へ猛ダッシュで連絡を入れ、号外を出した。更に翌日にも『競馬界期待の星鷹羽雄太婚約。結婚へ』と大きく紙面を飾った。


 その号外を手に出来なかったと春香が悔しがったのは言うまでもない。





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― 新着の感想 ―
遂に春香ちゃんは雄太君との結婚に辿りつきました。 そして雄太君もまた。 雄太君は改めて春香ちゃんに告白を。 皆が今二人を祝福している。 こんな幸せの中雄太君からピンクの薔薇と皆の祝福が。 二人のいい思…
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