273話
「春香ちゃん、あれだけの馬主と繋がりがあったんだな……」
馬主達や慎一郎達とは少し離れた場所から見ていた鈴掛は、呆然としながら呟いた。
「そうっすね。でも、市村さんなら自分のやるべき事を精一杯やっただけって言うんじゃないっすか?」
純也も呆然としていた。春香は年齢的には梅野と同い年ではあるが、見た目に反して仕事柄大物の財界人との繋がりがあるのをまざまざと見せ付けられた気がした。
(春香ちゃんならそう言うだろうな。てか、あれだけの馬主がついてても自慢したり、恋人の雄太に融通してってならないのが春香ちゃんなんだよな……)
春香を知る誰もが手助けするつもりではいたが、春香はキリッとした顔で乗り越えた。もどかしさを感じていた鈴掛は、ワイワイと楽しそうに話す馬主達の様子をみながら笑っている春香が普段の何倍も大きく感じた。
(本当……。春香ちゃんは雄太が絡むと強くなるんだからな……)
「春。お前と言う奴は」
「あ……お父さん……」
口を出すまいとしてジッと我慢していた直樹と里美が春香に近寄り声をかけた。
「お父さんじゃないっ‼ 我が娘が土下座をしてる姿を見せ……」
「すみません。東雲さん」
春香に説教をしようとした直樹に声をかけたのは慎一郎だった。
「鷹羽さん」
「その……色々と話したい事があるのですが宜しいか?」
慎一郎の顔には頑なさはなく、申し訳なさそうな表情を浮かべていた。
「でしたら、我々が使っていた部屋に行きましょうか?」
「そうですな。祝いの席の雰囲気をこれ以上ブチ壊すのも申し訳ないし……」
そこに馴染みの記者達に土下座の事等を記事にしないようにお願いをして回っていた雄太が駆け寄った。
「な……直樹先生っ‼」
「そんなに焦るな。親同士の話をして来るだけだ」
「はい……」
雄太と春香は互いの両親の背中を見送った。
(揉めなきゃ良いけどな……)
「てか、雄太くん」
「え? 何?」
春香は雄太のスーツの裾をツンツンと引っ張った。雄太が身を屈めると春香が不満そうな顔をした。
「私、祝勝会には出るって言ったけど、婚約を発表するなんて聞いてなかったんだけど?」
「え? あ……。えっと……その……」
(ヤバっ‼ 春香が緊張してたから説明するの忘れてたっ‼)
本来の予定では、ドアの前で待機している時に『婚約発表をするから』と告げるはずだった。
「ご……ごめん。その……」
「私、梅野さんに『婚約者の市村春香』って言われて心臓が止まっちゃうかと思ったんだからね?」
頬を膨らませる春香にあたふたと言い訳をしようと考えるが、レースの時と違って直ぐには良い案が思い浮かばずにいた。
「えっと……あ。春香は坂野さんや他の方々が馬主だってのは知ってたのか?」
「え? 最初は知らなかったよ? 坂野様達、私が競馬を知らないって思ってらしたの。でも、競馬情報誌とかのインタビューを受けてらしたから、出張でお伺いした時に雑談として話したのが最初だよ。雄太くんと付き合って直ぐくらいかな」
ギャンブルとしての認識をされている競馬の話しを、若い女の子に振る男性は少数であろう。
「競馬情報誌読んでるのか?」
「待合に置いてるの知らない?」
「俺、待合で待ってた事ないからなぁ……」
雄太は待合で待つ事がなかったと言うよりVIPルームにしか入った事がない。
「雄太くん……。上手く誤魔化そうとしてるでしょ?」
「あ、ごめんって。先に『婚約発表する』って言ったら春香が緊張すると思ってたからさ」
「良いけどぉ……。私、人前で話すとか注目を浴びるの苦手なんだからね?」
雄太はそう言う割に言う事はバシッと言う春香をマジマジと見た。
「えっと……。俺がもっと勝ったらこう言う席にも春香は出なきゃなんないんだし慣れてくれると嬉しいんだけど」
「それはそうだけど……。でも、それと今日のは違うと思う」
「う……。分かった。今度パフェ食べに行こう。な?」
口では勝てないと悟った雄太はパフェで手を打つ事にした。




