268話
11月13日(日曜日)
祝勝会を明日に控えた雄太は京都競馬場からの帰りに寮に寄り、スーツ一式を手に春香の自宅へ向かった。
(この週末も四勝出来たし、明日は祝勝会だし。いよいよ……だな)
日曜日のエリザベス女王杯二着だった雄太は少し遠回りして、春香の好きなアイスを買って上機嫌だった。
春香の自宅のドアを開けると満面の笑みで駆け寄って出迎えてくれるエプロン姿の春香に雄太の目尻が下がる。
「おかえりなさい、雄太くん」
「ただいま、春香」
(あ〜。もう直ぐ、こんなのが毎日になるんだよなぁ〜。楽しみだな、マジで)
春香の肩を抱いてただいまのキスをするとスリスリと頭を寄せて甘えてくれる姿が愛おしい。
「あ、スーツ頼める?」
「うん」
雄太から手渡されたスーツをクローゼットにかける為に春香は寝室へと向かい、雄太はシューズケースをシューズクローゼットに置き、キッチンに向かい冷凍室にアイスをしまった。
そして、寝室から戻って来た春香に声をかける。
「春香は明日何着る予定? やっぱりワンピースが良いよな」
「へ? 私? 何で?」
雄太に言われ、春香は目を真ん丸にした。雄太の目も真ん丸になった。
「何でって……」
「祝勝会って、厩舎や騎手の方々とか言わば身内の方々とかお世話になった方を招待してのお祝いの会でしょ?」
雄太は真面目な顔をして春香の前に立ち、その両肩に手を乗せた。
「春香は俺の何?」
「え? 雄太くんの恋人」
「じゃあ、その左手薬指の指輪は?」
「婚約指輪。……あ」
正式に結納を納めた訳でもなく、人様に『婚約者です』と言った訳でもないから、婚約指輪をもらった後とは言え『婚約者』と言う意識がまだ春香には芽生え切ってなかった。
「そう、春香は俺の婚約者な? 身内も身内だろ? これから家族になるんだから」
「ご……ごめんね。婚約指輪を見ると雄太くんと結婚出来るんだぁ〜って思うんだけどぉ……」
雄太がG1を獲れた事は嬉しかったが、青天の霹靂とも思えるプロポーズの所為で、未だ夢を見ているのではないかと春香は思ってしまっていた。
「春香は俺の?」
「婚約者」
「よし。じゃあ、明日は何を着る?」
「えっと……雄太くんにプレゼントしてもらった青いワンピース」
「OK」
一問一答をした雄太は春香にご褒美のキスをして頭を撫でた。
「直樹先生達に招待状渡したんだろ? それで何で自分は行かないって思うかなぁ〜」
「あはは……」
春香は笑って誤魔化した。実際、春香は直樹達を招待するのは『お世話になっているマッサージ店だから』と言う意味かと思っていたのだ。雄太の作った招待者リストに取材でお世話になった競馬誌の記者もいたし、そこに自分が行く事はないかと思い込んでいた。
「もしかして……『自分は招待状もらってないし』とか思ってないだろな?」
「そ……そんな事は……ないよ……?」
(図星だな……)
春香は雄太から目を逸らした。雄太が春香の顔を覗き込むと、明らかに目が泳いでいた。
(本当にもう……。ホテルとの交渉や招待状作ったりしてる時の春香とは全然違うんだからな)
『本当に同一人物なのか?』と疑いたくなるくらいの落差に笑いが込み上げて来る。
「ごめんね」
「ん」
雄太が目を瞑って姿勢を低くする。春香が雄太の両頬に手を添えてキスをする。いつの頃からか、春香からのごめんなさいは自分からキスをする事になっていた。
二度三度とキスをしていると電話が鳴った。
「ん?」
「あ、もしかしたらホテルからかも?」
春香が電話に出るとホテルからの最終確認だった。出席の連絡が入った人数を聞いて春香は丁寧に礼を述べていた。
「はい。では、明日は宜しくお願いいたします」
電話を切った春香は雄太の方を振り向いてニッコリと笑った。
「欠席の方は三名だったって。たくさん来てもらえるね。良かったね」
「そっか。急だったから、もっと少なくなるかと思ってたな」
大勢に祝ってもらえるのは嬉しい事だと思った雄太はホッとした。




