267話
「ゆ……雄太。驚かさないで頂戴」
理保は勝手口からコッソリと入って来た雄太を見て目を丸くした。
「ごめん、母さん。父さんに会いたくないから」
「はいはい。それで、どうしたの?」
呆れたように言っているが、雄太が帰って来てくれたのが理保は嬉しかった。
「うん。祝勝会の招待状持って来たんだ。それで、牧場関係とかの住所録見せてもらえる?」
雄太は封筒を理保に差し出した。
「あら。ちゃんと招待状まで作ったの? よく直ぐに印刷してもらえたわね」
「春香が作ってくれたんだ」
「そう。春香さんが」
理保は封筒を開けて招待状を出して文章を読んだ。
(丁寧な文章を書く子なのね。挨拶状とか書き慣れてるのかしら)
「住所録取って来てあげるから待ってなさい」
ザッと招待状を読んだ理保はテーブルに置いてキッチンを出て行った。
(雄太は春香さんに助けられているのね。春香さんは雄太を頼っていると言っていたし。良い関係を築いているのね)
住所録を持って来た理保がテーブルに置くと、雄太は持参していた封筒に住所を書き始めた。
「それにしてもよくこんな有名ホテルを押さえられたわね? しかも一週間後じゃないの。普通はお断りされるわよ?」
「うん、春香の伝手だよ。経営者の人が馬主もやってるって言っててさ。俺の祝勝会が出来るの喜んでくれたんだ」
「そうなのね」
理保は春香の若さでホテルの経営者とも縁があり、急なお願いをもきいてもらえるとなると、本当に真面目に仕事をしている事の証明だと思って感心した。
「本当、良いお嬢さんね。雄太には勿体無いくらいだわ」
「か……母さん……」
当人である息子を目の前にしてあっけらかんと言う理保に雄太は苦笑いを浮べた。
「あら、口に出ちゃってたわ」
「良いけどさぁ……。俺も自覚してる部分あるし」
その時、玄関の呼び出しベルが鳴り理保はキッチンを出て行った。
雄太はせっせと住所を書き、見直して頷いた。
(よし、これで良いな。郵便局に行って発送して、厩舎には持って行って……。寮外に住んでる先輩の所に届けてから、寮の先輩達に渡せば良いよな)
招待状を持って行くのは時間がかかるからと昼食を軽く食べた後、春香の自宅を出て来た。
(来週は祝勝会だし……。春香とゆっくりしたいなぁ……。けど、プロポーズもしたし結婚するぞっ‼)
雄太が気合いを入れていると理保が祝電の束をテーブルに置いて、お茶の準備を始めた。
「ごめんね、雄太。お客様なの。お茶をお出ししたら……」
「良いよ、母さん。俺、もう行かなきゃ。郵便局にも行かないと駄目だしさ」
雄太は招待状の封筒の束を手にして勝手口に向かった。
「そう? 祝勝会の事は、お父さんに言っておくわね。そうそう。雄太、おめでとう」
「母さん……。ありがとう。俺が頑張って来られたのは母さんのおかげでもあるんだ」
キリッとした顔で理保に言うと理保の目が潤んだ。
「俺、あんまり親孝行出来てないけど、それでも母さんには感謝してるから」
「ありがとう、雄太」
「じゃあ、来週来てよ?」
「ええ」
理保は慌ただしく出て行った息子の背を勝手口から出て見送った。
慎一郎に見付かるのを警戒していたからだろう。雄太は車を坂の上に隠すように停めていた。
(そう言えばあの子、G1獲ったら結婚するって言ってたけどどうするのかしら……? 何も言ってなかったけど……)
車に乗った雄太は、春香にプロポーズした報告をし忘れた事に気が付いた。
(いけね。やる事が山積みで忘れてた。ま、良いっか。ちゃんと結婚するって宣言したんだし)
雄太は郵便局に急ぎ招待状を速達で出した。その後、各厩舎と寮以外で住んでいる先輩達に招待状を渡した。
(うへぇ……。疲れた。後は寮にいる先輩達だな)
皆、祝勝会の場所などに驚いていたが快く出席を了承してくれてホッとしていた。
(よしっ‼ 来週が楽しみだ。……その前にレース頑張るぞっ‼)
いつも以上にやる気満々の雄太だった。




