266話
雄太達は、それからが大変だった。
「招待状作らない? 電話だと場所とか間違えて覚えたりしそうじゃない?」
「え? どうやって? 招待状って印刷の発注しても時間がかかるんじゃないのか?」
「そこは任せて」
春香は雄太を連れ立って自宅の隣にある店の倉庫に行った。倉庫とは言っているが、防犯カメラのモニターやパソコンやプリンターがあり、オフィスと言った感じになっている。勿論、マッサージの備品はたくさん置いてある。
春香はパソコンの電源を入れると隅に置いてある棚から用紙を選び、選んだ用紙の束を手にしてプリンターの横に置いた。
(……俺、パソコンとか全く分かんないんだよな……。春香は凄いな)
「えっと……」
春香がキーボードを叩くと画面にスラスラと文字が並び始め、雄太はそれを目で追った。
挨拶に始まり、雄太の菊花賞の勝利の報告、そして祝勝会を開催する旨が丁寧な文章で表示される。
(春香、こう言う挨拶状みたいの書き慣れてんのなぁ……)
そして、開催日時とホテルの場所と宴会場の案内を打ち終わり、春香は後ろに立って画面を見ていた雄太に声を掛けた。
「こんな感じでどうかな? 本当なら出欠は往復葉書で確認したいんだけど、時間がないから、出欠はホテルに連絡を入れてもらうって事にしてあるから、それも書き足さなきゃだ」
そう言ってその旨を書き足して行く。
「はぁ……。春香って凄いな……」
「へ?」
春香が振り返るとそこには真剣な顔をした雄太が居た。
「こう言う挨拶の文章がスラスラ書けるし。しかもパソコン使えるしさ」
「私は仕事で慣れてるだけだから。私に出来ない事、雄太くんはいっぱい出来るじゃない」
雄太に出来る事。春香に出来る事。二人でお互いを補えば良い。春香の笑顔がそう言ってる気がした。
「あ、今気付いた。あのTシャツの写真ってここで撮った?」
「え? あ、うん。そうなの。ここで作業してた時に撮ってもらったんだぁ〜。あ、文章これで良い?」
「うん。ありがとうな」
春香がパソコンを操作するとプリンターからスルスルと印刷された物が出て来た。
「えっと、ここに雄太くんの自筆で名前入れて」
「分かった。筆ペンって緊張するんだよなぁ〜」
雄太は緊張しながら筆ペンを手にした。
「あ、何ならサインにする?」
「普段付き合いのある人が俺のサイン欲しがるか?」
「私は欲しいもん」
さっきまでのキリッとした顔ではなく、素のままの春香が無邪気な笑みを浮かべていた。
「昨日、初G1勝利の記念サインしたろ?」
「えへへ」
昨夜、自宅に戻った春香はウキウキと色紙を手にして雄太にサインをねだったのだ。
(本当にもう。可愛過ぎだろ)
雄太はスゥ~と息を吸い込んで『鷹羽雄太』と一気に書いた。
「じゃあ印刷するね。雄太くんは文房具屋さんに行って封筒買って来て。ここには店の名前が入った封筒しかないから」
「ああ」
雄太が封筒を買いに行っている間に春香が必要枚数と予備をコピーして行く。雄太が買って来た封筒に合わせて春香が綺麗に招待状を折っている間に雄太が宛名を書く。
「手渡し出来る人は良いけど、送りたい人の住所が分からないな……」
「送るなら速達じゃないとだね。雄太くんのご実家に住所録とかないかな?」
「え? あ……実家か。あると思う」
理保が、厩舎関係や牧場関係等の住所録を作っていたのを雄太は覚えていた。
(家……かぁ……)
雄太が初めてG1を獲ったのだから鷹羽の家には祝いの品や祝電などが届いているだろう。本当なら雄太も居るべきなのだろうが、春香を認めてくれない父と顔を合わせたくないから帰っていなかったのだ。
それを春香も薄々感じているのだろう。
『帰らなくても良いの?』
その言葉を口にしなかった。
「じゃあ、厩舎関係の方々や先輩の方々のを手渡しするついでに住所録を見て来たら?」
初めてのG1を獲った息子に慎一郎はともかく理保は会いたいだろうと言う春香なりの気遣いを雄太は感じた。




