265話
11月7日(月曜日)
祝勝会をどこでやるか雄太は悩んでいた。
(やっぱり、ちゃんとした所が良いよな。ホテルか大きなレストランとか……。どこでするにしても早く決めて予約しないと……)
重賞を獲った時は鈴掛達とも祝勝会はしたが、厩舎関係などを招いてもやっていた。
(今回は初のG1だしな。あ、そうだ……。また内緒にしてしまうけど……良いよな?)
ふと思い付きチラリとコーヒーを淹れてくれている春香を見た。春香の左手薬指には昨夜贈った婚約指輪が光っていた。それが嬉しい。
「なぁ、春香」
「なぁに?」
コーヒーカップを持って来た春香はテーブルにカップを置いて、雄太の隣に座った。
「春香の顧客の中でホテルの経営してる人って居る?」
「え? うん、何人かいらっしゃるよ。どうして?」
「祝勝会の場所考えててさ。初G1だし良い所でやりたいって思って。けど、今からじゃ伝手がなかったら無理だろ?」
春香は自分の分のココアを一口飲んでカップをテーブルに置いた。
「いつしたいって思ってるの?」
「来週の月曜日……は無理かな?」
月曜日とは言え、一週間後にホテルの大きな宴会場が借りられるかと言えば無理だと雄太も分かっていた。しかも、料理を出すのだとしたらホテル側も食材の仕入れをしなくてはいけないし、スタッフのシフトも考えなくてはいけないのだ。
「ん〜。分かった。訊いてみるよ。人数はどれくらい? それによってホテルの規模とか考えなきゃだし。招待したい人の名前を書き出してみて?」
仕事の時のような顔になった春香は、電話の横に置いてあるメモ帳とボールペンを差し出した。雄太は受け取ると来てもらいたい人の名前を書いていく。
春香は寝室の本棚にしまっておいた名刺ホルダーからホテル経営者の名刺をチェックし始める。
(……父さん達を呼ばない訳にはいかないよな……。えっと……)
雄太は書き出した名前に漏れがないか何度もチェックした。
「よし。これだけだな」
「この人数だと……ここが良いと思うな」
春香は何枚かの名刺の中から一枚を雄太に見せる。雄太も知っているぐらいの有名なホテルの経営者の名刺に驚いた。
「ここって有名な所だろ? さすがに一週間後は無理じゃないか?」
「一度訊いてみるね。この方は馬主もされてるから、雄太くんの祝勝会をやりたいって言ったら融通してくれるかも」
それからの春香は、仕事モードと言うより東雲の神子としての顔をした春香だった。
直ぐに電話をし丁寧な挨拶をした後、用件を伝えていく。
(も……もしかして……直通電話……?)
雄太はまさに目が点状態で話を聞いていた。
「ええ。鷹羽雄太騎手のG1祝勝会なんです。はい。そうです、菊花賞の。……ええ。はい、はい。え? あ……はい。ご存知でした? 恥ずかしながら。……そうなんです。今、相談を受けまして。……ええ。あ、代わりましょうか? ……はい。少々お待ちください」
春香は受話器を手で塞いで雄太を見た。
「坂野様が、雄太くんと話したいって」
「お……俺と?」
有名なホテルの経営者な上、馬主と言われ緊張はしたが、雄太は電話を代わった。
渋い声の坂野は大の競馬ファンだと言い、祝勝会を快く了承してくれた。坂野は日時と招待客の人数を再確認すると、近くに居る秘書にテキパキと指示を出していた。
『料理の内容は任せてもらえるか? 仕入れの関係もあるしな。立食なら人員も何とか出来る』
「はい。宜しくお願いします」
雄太は見えるはずもないのに深く頭を下げていた。
『ああ。一週間後、会えるのを楽しみにしているよ。いやぁ〜。長年競馬をして来たし、馬主としてもそこそこ長くなったが、最年少G1騎手とこんな縁が出来るとはな。春香ちゃん様々だな』
坂野との電話を終えると、雄太は隣でニコニコと笑っている春香を思いっきり抱き締める。
「ありがとう、春香」
「ううん。役に立てて良かったよ」
雄太の初G1祝勝会は一時間もかからずに予約まで完璧に終了した。




