第11章 雄太の誓いと春香の誓い 263話
「プ……プ……プロポーズぅ〜っ⁉」
「あら」
滋賀に戻った雄太と春香は東雲の閉店を待ち、直樹と里美に婚約の報告をした。本来なら結納をしてから婚約者となるのだが、雄太の中では既に春香は婚約者になっていた。
「俺、G1を獲ったらプロポーズするって決めてたんです。今日、念願のG1を獲る事が出来たんで春香と結婚します」
「し……し……しますって……」
雄太の言葉に直樹はピクピクと頬を引きつらせながら呟いた。
「あ、結婚を認めてくださいって言わなきゃ駄目だったんだ」
「雄太くんってば」
何度も何度も結婚の申し込みのシミュレーションをして来た雄太だったのだが、G1を獲れた嬉しさで考えていたセリフがぶっ飛んだようだった。レースのシミュレーションはちゃんと出来る雄太もさすがに緊張しているようで、春香は苦笑いを浮べた。
「は……春は何て答えたんだ……?」
青ざめた顔をして直樹は春香に訊ねた。
「え? うん。勿論、結婚しますって言ったよ?」
「そ……そう……だよな……。うん……。分かってたけどぉ……」
直樹は春香の言葉に頷きながらもガックリと肩を落とした。そして、チラリと春香の左手の薬指の指輪を見て、春香の初めての指輪が婚約指輪となっている事にクラクラと目眩がしていた。
「春香、その婚約指輪素敵ね」
「うん。真ん中のダイヤモンドも勿論綺麗なんだけど、蹄鉄の部分も素敵なの」
指輪を覗き込む里美に春香は指輪を見せた。
「蹄鉄の部分にね、上からアクアマリン、サファイアが二つずつあって、アメジストが二つあるでしょ? で、一番下のがパライバトルマリンなの」
それまでアクセサリーや宝石貴金属に興味のなかった春香。たまたま雄太と一緒に雑誌を読んでいた時に載っていた写真を見て
「うわぁ……綺麗」
と、言ったのがパライバトルマリンだった。
(初めて春香が目を輝かせた石かぁ……。うん。これは婚約指輪に使わなきゃな)
そう思った雄太は指輪をオーダーする時に使って欲しいと伝えていた。
「鷹羽くん。左右に七つずつって何か意味があるの?」
「ええ。蹄鉄を馬の蹄に留める時の穴が左右に七箇所ずつ開いてるんです」
「そうなのね。アクアマリンとサファイアは二人の誕生日石でパライバトルマリンは春香の欲しかった石よね? アメジストは?」
「俺、子供の頃からBCカップが憧れだったんです。そのBCカップのイメージカラーが紫なんでアメジストを使ったんです。いつか春香を連れて行きたいって願いを込めて」
里美が笑いながら雄太に質問をしているのを、聞けば聞くほど直樹は苦虫を噛み潰したような顔になって行った。
はっきり言ってヤキモチである。
(そんな願いを込めた指輪を用意するとかっ‼ ……子供だと侮り過ぎてたな……)
里美に説明をしている雄太を見て、春香は幸せそうに笑っていた。
「お……俺はまだ結婚を許すとは言っていないからなっ‼」
その声に三人は直樹の方に向き直り、春香は直樹をジッと見た後真剣な顔をした。
「直樹先生は……ううん。お父さんは、私が雄太くんと結婚するの反対なの? 何で?」
「な……何でって……その……」
春香の真剣な問いかけに直樹はしどろもどろになった。
「お父さんは、私が幸せになるのを反対するの?」
「そ……そ……そんな事はないぞ? 俺は誰より春の幸せを願っている」
「なら良いよね?」
「そ……それとこれは話が……」
向かいに座った直樹にグイッと春香は身を乗り出して畳みかけた。
「反対するなら私にも考えがあるから」
「か……考え……?」
「もう、お父さんにはご飯作ってあげない」
「え?」
「肩叩きもしないし、一緒に焼き鳥も食べに行かない」
「え? え?」
春香と直樹の攻防戦を唖然として見ていた雄太は
「あの……あれ、放っておいて良いんですか……?」
と、コッソリと里美に訊ねた。
「ふふふ。放っておきなさい。最初から勝負は着いてるんだから」
里美はクスクスと笑いながら答えた。




