261話
馬混みの中、ずっと挟まれる形だったカームを雄太はスルリと最内へと導いた。
それを見ていた観客からどよめきと歓声が上がった。
「スゲェっ‼」
「あの隙間をかっ⁉」
「どうやって抜けたんだよっ⁉」
最内に入ったカームは更に加速して行く。
「カームっ‼ 雄太くんっ‼」
春香は思わず声を上げていた。
「頑張ってっ‼ 雄太くんっ‼ 頑張ってっ‼ カームっ‼ 雄太くんっ‼」
八万超の大歓声の中、聞こえるはずもないと分かっていても声を出さずにいられなかった。
カームはグングンと更に加速して行き、後続馬達を引き離して行った。
そして、カームは見事一着でゴール板を駆け抜けた。
「あ……あ……」
胸がいっぱいで言葉にならなかった。
(雄太くん……雄太くんが……G1を……カームと……)
涙が溢れて止まらなかった。拭っても拭っても次から次と止めどなく溢れ頬を伝った。
(私……)
たくさんの人達に責められた。別れた方が雄太の為ではないかと思い悩み一人泣いた日もあった。胸が苦しくて食事が喉を通らない事も何度もあった。
それでも雄太の夢を共に追いたいと……前を向こうと思った。
『春香と居ても俺はやれるって必ず証明するから、俺を信じて欲しい。ずっと一緒にいて欲しい。』
何度も言って抱き締めてくれた雄太の夢の一つ、G1を獲る瞬間を現地で見られた。
(雄太くん……)
雄太の勝利者インタビューが始まった。にこやかに喜びを口にし、馬や調教師の静川達に感謝を伝える雄太が眩しかった。
優勝のレイをかけたカームが誇らしげに歩いていた。
(ありがとう、雄太くん……。ありがとう、カーム……。凄いレースを見せてくれて。無事にレース終えてくれて……)
インタビューを終えた雄太が観客席に向かって手を挙げた。大きな大きな声援と拍手が起こった。
春香は見える訳もないと分かっていたが大きく手を振っていた。
春香は人でごった返す京都競馬場を後にして、雄太と待ち合わせの約束している場所へ向かった。
その最中も何度も何度もレースを思い出していた。
(嬉しい……。本当に嬉しい……)
駅を出てショッピングモールの脇にあるタクシー乗り場の近くで雄太を待った。
(夢を見てるみたい……。夢じゃない……よね?)
ビルの隙間を抜けて来る風はひんやりと冷たく髪を揺らし、興奮し熱くなった手や耳を冷やした。
「春香」
声がした方を向くとタクシー乗り場の脇にある空きスペースにハザードランプを点けた雄太の車があった。
春香が駆け寄ると雄太は車から出て春香の体を抱き締めた。
「雄太くん……おめでとう……」
その言葉が精一杯だった。胸がいっぱいで、何て言えば良いか分からなかった。
祝福の言葉をたくさん考えていたはずだったが、雄太の顔を見た瞬間、想いが込み上げ全て忘れてしまった。
言葉の代わりに涙が溢れた。言葉の分だけ、しっかりと雄太の体を抱き締めた。
「ありがとう、春香……。俺を見ていてくれて。一番見てもらいたかった姿を見ていてくれて嬉しかった」
「うん……。うん……」
何か言いたい。言わなきゃと思えば思う程、涙が溢れ言葉は詰まった。
「今日……俺がG1獲れたのはカームが一生懸命走ってくれたからだ。調教師や厩務員の皆が頑張ってカームを良い状態に仕上げてくれたからだ。そして……一生懸命に俺のサポートしてくれて、癒してくれて、頑張る力を与えてくれた春香が傍に居てくれたからだ。心の支えになってくれた春香が居てくれたからだ。ありがとう……。ありがとう、春香」
雄太の感謝の言葉に春香の目からまた新たな涙が溢れた。
「ゆ……雄太くんが……頑張ったからだよ……。一生懸命頑張ってた……からだよ……。どんな時も諦めないで……夢を追いかけてた結果……なんだよ……。雄太くんの頑張りが……周りに伝わったんだよ……」
何度も途切れながら話す春香を雄太は強く強く抱き締めた。




