251話
9月に入り北海道を離れた雄太は、週末のレースが終わると春香の家で過ごす生活に戻った。
(やっと戻れた……。騎乗依頼があるのは嬉しいけど、何でずっと北海道に缶詰めだったんだよぉ……)
あちこち移動するのは疲れるし涼しい北海道の方が良いと鈴掛達は言っていて、それもそうかと思いつつも春香の居る滋賀が一番だと雄太は思った。
そして、18日のG3朝日チャレンジカップでは一着になった。
「春香、遅くなったけど誕生日おめでとう」
「ありがとう、雄太くん」
春香の誕生日である15日にはちゃんとお祝いする時間が取れないからと19日にちょっと良いレストランを春香には内緒で予約していた。
(普段の春香も好きだけど、こう言うワンピースを着た春香も可愛くて好きだな……)
青を基調としたレースの付いたワンピースは、昨夜レースを終えた雄太がプレゼントとして渡した物。
「え? え? 優勝した雄太くんからプレゼントもらうのって変じゃない?」
リボンの付いた大きな箱を手渡され春香は驚いていた。
「春香ぁ……。自分の誕生日忘れたのか?」
「誕生日……? あ……」
春香は雄太が重賞に出走し勝つように応援する事ばかり考えていて、自分の誕生日を忘れていたのだった。
「完璧に忘れてたな?」
「うぅ〜。だってぇ〜」
確かに誕生日当日、直樹達にお祝いの言葉とお気に入りのケーキ屋のイチゴがいっぱいのケーキをもらった。
だが、週末に近付くにつれ雄太がG3に出る事で頭がいっぱいでスッカリ忘れたのだった。
「春香って、しっかりしてるんだかどうだか分かんない時あるよな」
そう言われて赤らめた頬をプゥっと膨らませた春香のオデコにキスをする。
(そう言う処も好きなんだけどな)
雄太からのプレゼントのワンピースに身を包み、スーツを着た雄太と良いレストランで食事をする。ふわふわとした気分で春香は雄太を見詰めた。
「雄太くんにお祝いしてもらえるの嬉しいな」
「俺も春香のお祝い出来て嬉しいぞ?」
「うん。雄太くんG3優勝おめでとう」
「ありがとう、春香」
春香の為と思っても勝てる訳ではないが、春香の誕生日と一緒にお祝いが出来るのは雄太にとってラッキーだった。
(後三ヶ月と少しで今年が終わる……。G1獲るって目標立てたのにな……)
直樹達が居る前でG1をと口にしたのに、まだ達成出来ていない目標。そもそも十九歳でG1を獲るのがどれだけ大変な事か雄太自身も分かっていたのだが、それでも自分の為にも春香の為にも獲りたいのだ。
(まだ三ヶ月と少しある。諦めたらそこから進めなくなる。諦めない。俺は絶対諦めない。最後の最後まで諦めない。まだチャンスはある)
テーブルの向こうで本当に嬉しそうに笑っている春香を見詰める。
(春香の笑顔を毎日見ていたいから。誰よりも大切な春香と生きていたいから)
雄太が特別に用意してもらったイチゴのケーキが運ばれて来た。春香の目がキラキラと輝く。
「うわぁ……」
「ここのナポレオンパイを誕生日ケーキ風にアレンジしてもらったんだ」
「美味しそう〜。嬉しい〜」
サクサクとしたパイ生地と甘いイチゴを口にして目を細める春香に愛おしさが込み上げる。
(東雲の神子モードの春香もこんな無邪気な春香も皆大好きだな。来年も再来年も一緒にお祝いするんだ)
「雄太くん」
黙って春香を見詰めていた雄太に春香が声をかけた。
「ん? 何?」
「はい」
春香がフォークを差し出していた。フォークには真っ赤なイチゴが一粒あった。
「はい。お裾分け」
大きくて甘いイチゴを口にする。
「お〜。美味いな」
「うん。手間暇を惜しまず頑張ってるから出来る美味しさだね。雄太くんも」
「え?」
春香がニッコリと笑う。
「毎日頑張ってるから良い結果が付いて来るんだよね」
きっと春香はG3を獲れた事を言っているのだろうと雄太は思った。たが、G1を獲れると言ってもらっているような気がした雄太だった。




